佐々木 中先生インタビュー

2015/12/08

sasaki05

Q.京都精華大学において、ご自身の役割をどう考えていますか?

A.「言葉でしか表せないものを教え、サポートする役割があると考えています」

 現実のカラフルなイメージや音楽に比べると、言葉はダサくて暗くて、メガネで文学青年のモテないやつがやるという感じになっているわけですが、実はとんでもなくて。音楽家とか、美術家とか、写真家とか、言葉ではないマテリアルを対象に仕事をしている人は言葉を非常に高く評価しています。

 一方で、言葉に閉じこもっている人のほうが言葉を卑下するという良くない傾向があります。誰だって、ジョン・レノンに「ロックはダメだね」なんて言われたくありませんよね? しかし、学者や作家のなかには「言葉なんかたいしたことない」と言ってしまったりするわけです。言葉を馬鹿にしてるのは文学廻りの連中だけなんだよ。自分がどんな情けないことをやっているのか、わかってない。

 この大学は言葉の可能性を知るうえでも最良の環境です。芸術学部の友人を作れば「君らのやっていることは、言葉なら簡単にできる」という瞬間もあるし、「ああ、これは文字にするのは絶対にムリだな」と思うこともあるでしょう。人文学部の学生は、言葉ではないものに触れる人たちがどれほど言葉を大切にしているのかを見習って、彼ら以上に言葉を大事にしなければいけません。

 また、京都精華大学は建学の理念の第一条に「人間を尊重し、人間を大切にすることをその教育の基本理念とする。この理念は日本国憲法および教育基本法を貫き、世界人権宣言の背骨をなすものである」と掲げています。日本国憲法では、言論の自由と表現の自由、集会の自由は同じ条項のなかにあります。芸術学部の学生が自由に絵を描き、デザインをし、写真を撮ることと、政治意志を表現することはまったく同じことなのです。音楽をやっていたり絵を描くくせに、デモだけは「けしからん」だなんて、大笑いなんだよ。僕の友人の音楽家には、「音楽家が政治的なことを言うな」なんて非難されている人がいるけど、そんな非難する連中はその自分自身の発言の自由が何で保証されているのかも考えてないってことになる。

 たとえば「差別はいけません」という言葉がダサくカッコわるく見えるのなら、それを新しい美しさで、新しい世界への愛と喜びに満ちて表現できるのかということだよ。この大学には、絵を描ける人も、音楽をつくる人も、演説ができる人もいる。そういう力を結集できる場所からこそ変革は始まりうるし、事実、すべての革命はもっとも広い意味での「学生」から始まったのです。学ぶひとたちからね。中世ヨーロッパからずっと、そうなんですよ。今日は詳しく述べる時間がないけれどもね。

 ひとことで言うと「僕たちと一緒に革命しないか」ということです。僕たちは、次の世界をつくっていかなければいけませんから。当然のことでしょう? えっ、革命なんて暴力的で怖い? うん、それは、革命という言葉の定義をまちがって教えこまれているから、僕の本でも読んで下さい(笑)

 
 

 
 
 
 
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佐々木中(SASAKI Ataru)
哲学者、作家。東京大学文学部思想文化学科卒業、東京大学大学院人文社会研究系基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程修了。博士(文学)。『定本 夜戦と永遠―フーコー・ラカン・ルジャンドル』(河出文庫、2011年)、『切りとれ、あの祈る手を―〈本〉と〈革命〉をめぐる五つの夜話』(河出書房新社、10年)、『晰子の君の諸問題』(河出書房新社、12年)、『踊れわれわれの夜を、そして世界に朝を迎えよ』(河出書房新社、13年)、『短夜明かし』(河出書房新社、14年)、『仝 selected lectures 2009-2014』(河出文庫、15年)、8月に『ツァラトゥストラかく語りき』(河出文庫)を刊行。
http://www.atarusasaki.net
 
 
 
 


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