佐々木 中先生インタビュー

2015/12/08

 
 
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Q.大学において「哲学をする」とはどういうことですか?

A.「大学は未来を孕む場所。我々は処女懐胎をしにいかなければいけないんです。」

 大学に来て「授業がつまらない」などと言うのは大笑いです。面白くするのはきみたち自身だし、つまらないならつまらないのはきみたち自身だからね。自分と自分の周囲をたまらなく面白くするには才能がいる。けれども、その才能を地の果てまでも探しに行く4年間をきみたちは手に入れたのですから。

 キリスト教でいう「受胎」はラテン語で「conceptio」。概念化する(conception)」という言葉も「conceptio」という言葉に由来します。つまり、キリストはマリアの「概念化(conceptio)」によって生み出された概念なのです。また、キリストは神学文献では「Verbum=御言葉」。孕まれたのは言葉であり、キリスト教世界を作ったのも言葉ということになります。

 あるべき大学というのは、未来のコンセプト=概念を孕む場所です。大学は無限に受胎を待つ場所であり、そこできみたちは自分が何を受胎すべきなのか――何の才能があるのかを探しに行かなければいけません。恐るべきことに我々教師と学生というのは、処女懐胎をしにいかなければいけないんですよ。次の世界をこの身体に引き受けるために。しかし、すべての人がマリアになれるわけではありません。流産してしまうかもしれない。それでも、我々はやらなければいけません。他に選択肢はない。

 もし、きみたちが「この世界はつまらない。くだらない」と言うのなら、自分の手でこの世界を変えるしかありません。そのためには、少しでも自分と自分の生を変えられるかどうか、が問題になります。たとえば、自分はどこにいたら、より良い未来を創りだすことができるか? その場所はどこにあるのか? この世界は広いから、大天使ガブリエルが降りてきて受胎告知をするくらいの場所はある。あるよ。この世界の、未来の世界のさきがけになれるような場所が必ずどこかにありますから。

 ニーチェは言っています。「ひとりきりの孤独なものにも、ふたりきりの孤独なものにも居場所はある。世界はまだそのくらい豊かである」と。そして、才能とはどんな孤独にも耐えられる純然たる喜びのことなのです。
 
 
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