内田 樹×白井 聡 対談「この危機に臨んで人文学にできること」

2015/12/03

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●人文学は乱世にこそ光る

白井 国の支援がまともにないなかで、個人の努力によって研究を続けてこられたわけですよね。よくやられたと思いますよ。
 で、今なぜ人文学がこんなに軽視され、攻撃を受けるのかということを私なりに考えてみると、一つは先ほどからの「儲からない」という話ですけども、もう一つは、このあいだの新安保法制に抗議した学者の会もそうでしたが、昔から人文学系の学者というのは政府のやることをうるさく批判してきたわけです。昔の政治家には、それでも押さえつけてはいけないというコモンセンスがあった。だけど、安倍さんやその周囲の勢力は、露骨に「うるさい」という態度で黙らせようとする。その背景には、社会の根底的なルールが変わってしまったことがあると思うんです。
人文学的な知に対して、昔はまあ儲かりはしないまでも、ある種のリスペクトを抱くべきという雰囲気があった。ところがこの20年ぐらい、グローバリゼーションがやかましく言われはじめてからだと思いますが、文化的な地殻変動が起きて、「金にならない=役に立たない」ということを公言してもいい、恥ずかしくないんだという空気ができてしまっている。

内田 本当にイノベーションを起こそうと思えば、多様性を確保しなきゃいけないんですけどね。スティーブ・ジョブズが大学を中退した後に、なぜかカリグラフィー──いわゆる習字ですね──の授業に興味を持ち、潜り込んで聴いていたという話があります。なんでそんなものに興味があったのか自分でもわからなかったんだけども、その後何年か経ってマッキントッシュのコンピューターを作る時に、彼はフォントを選べることを標準仕様にしようと思いつく。それと、きれいに見えるように字間を調整しよう、と。それが大きなきっかけとなってアップルは世界的な企業に成長していくわけですが、その時になってようやく、ジョブズは自分があの授業を受けた意味に気づくんです。
 学ぶことの本質とはそういうものなんです。学びはじめる前の段階で、学ぶことの有用性や価値はわからない。なぜかわからないけど、自分はやりたい。そうして学んだことが5年や10年経った時にはじめて外形的な意味をもつ。今の実学みたいに「これを学ぶと、こんないいことがある」という目的が最初からわかっていると、人間はどうなるか。いかに少ない努力で目的を達成するかを考えますよ。「費用対効果」を求め始めるんです。僕らがやってる教育というのは、マーケットに並べて売る商品とは違う。その時点では、どう役に立つかわからない、いわば謎の商品です。それを身につけた人が、何年か経って事後的にその意味を理解する。そうやって事後的に発動するのが学びなんです。何でも市場を中心に考える人たちには、そのことがまったくわかっていない。

白井 ここまでの話からも、昨今の人文学軽視や、人文学系学部の不要論が破綻しているのは明らかだと思うんですけれども、ただこういう風潮は、世論の大きな後押しがあってできてきたということも、また確かだと思うんですね。ある週刊誌に、政府が方針を打ち出した人文学系学部削減についての記事がありました。「もっとやれやれ」という内容です。「どうせ大学なんて何をやってるかわからない、役に立たないところなんだから」と。これがいまの世間一般、日本の大衆の平均点なんだな、と思います。こうした見方が何に依拠しているのかということを、われわれは今後も考えていかなければならないと思うんですが。

内田 実学というのは平時の学問だと思うんです。これを入力すれば、こんな出力があるという相関関係が予測できる平時の仕組みにおいて、最も効率よく利益を上げるにはどうすればいいかを考える。これに対して、人文学というのは基本的に非常時の学問です。足元が崩れていく移行期的混乱のなかにおいて、それも生き延びてゆく制度や知恵というのは何なのか、100年、500年、1000年という時間軸で人類の歴史の中から見つけてゆく。
 僕は65年生きてきましたが、人文学が光った時代は乱世なんです。僕が高校生のころ、1960年代には、哲学や歴史学、社会学、精神分析学といった人文学が輝いていました。長いスパンで見れば、実学と人文学というのは補完・協力し合う関係にあるんだと思う。排除し合うものじゃない。いま明らかに、われわれの社会は崩壊過程に入っています。この移行期的混乱はしばらく続くでしょうが、そのなかで人文学が再び脚光を浴びる時が必ず来ます。そのために、できるだけ広い視野をもち、長いスパンで物事を見られる知性を身に着けた人を育てていかないといけません。


人文学部では「学校見学会」を開催しています。次回の開催日は12月12日(土)です。
詳細は下記より、ご確認ください。

●京都精華大学 人文学部「学校見学会」について
http://www.kyoto-seika.ac.jp/humanities/2015/08/07/opencampus-humanities/

●人文学部資料請求
https://w2.axol.jp/entry16/kyoto-seika/step1?ef=1&_ga=1.243646466.622211591.1417511587


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【 教員プロフィール 】
内田 樹(Uchida Tatsuru)
1950年、東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業、東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。合気道凱風館師範。主な著書に『ためらいの倫理学』『寝ながら学べる構造主義』『「おじさん」的思考』『先生はえらい』『街場の文体論』『内田樹による内田樹』など多数。2007年に『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)で第6回小林秀雄賞、10年『日本辺境論』(新潮新書)で新書大賞2010受賞。11年には第3回伊丹十三賞受賞。

白井 聡(Shirai Satoshi)
政治学、社会思想研究者。東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻博士後期課程単位修得退学。博士(社会学)。主にロシア革命の指導者であるレーニンの政治思想をテーマとした研究を手掛けてきたが、3.11を基点に日本現代史を論じた『永続敗戦論――戦後日本の核心』(太田出版)により、第4回いける本大賞、第35回石橋湛山賞、第12回角川財団学芸賞を受賞。著書に『未完のレーニン』(講談社、2007年)、『「物質」の蜂起をめざして』(作品社、10年)。


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