内田 樹×白井 聡 対談「この危機に臨んで人文学にできること」

2015/12/03

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●多様性が学びの可能性を広げる

白井 それこそが人文学的な発想なんですけども、現実問題として志願者数が減ってるじゃないかと言われるわけで、私も日々どうすればいいのか考えているんですけども……。

内田 志願者数の変遷なんて、10年単位ぐらいで見ていかないとしょうがないんじゃないですか。エマニュエル・トッドという人が先日、これからの世界はドイツが支配するという本(『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』文春新書)を書いていて、すごくおもしろかったんですけども、いま日本でドイツの政治・経済や歴史・文化を研究してる人なんてほとんどいないんですよね。僕らが学生だったころの10分の1ぐらいじゃないかな。ドイツ語ができる人も当然激減しているなかで、「これからはドイツが世界標準になる」という話が出てきた。ほら見たことか、ですよ。大学に多様性が必要だというのは、知的生産性を上げるのと同時に、リスクヘッジでもあるんです。どういう学問がいつ必要になるかわからないから、いちおう何でもやっておこう、という姿勢が大事なんですよ。

白井 私もヨーロッパへ旅行した時に、東欧諸国から来た人がドイツ語を学び、ドイツで仕事をしていることを感じました。日本では、グローバル化のなかで英語だ英語だと盛んに言われ、大学でもドイツ語なんかいらないという風潮になっていますが、日本で思われてるよりも、世界でははるかにドイツ語のプレゼンスは大きいんですよね。

内田 30年後や50年後に世界がどうなっているかなんてわからないんですよ。たとえば、いまシリア情勢が大変危機的な状況ですけども、日本に中東問題の専門家がどれだけいるか。僕の友人に中田考先生や内藤正典先生がいますけども、彼らぐらいです。アラビア語ができて、現地の人たちとも交流があって、きちんと解説できる専門家というのは。国が制度的にそういう人を作ってこなかったんですから。他の学問分野も同じで、フランス文学なんか、いま翻訳してるのは野崎歓さんだけ。英語が大事だとみんな言うけど、じゃあ誰がアメリカ文学の翻訳をやってるかといえば、柴田元幸さんだけ。ほとんど柴田研究室の人がやってるような状況なんですよ。その柴田さんは東大を辞めちゃいましたけどね。それこそ、会議や書類が多過ぎて、落ち着いて翻訳もやってられないって。


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