内田 樹×白井 聡 対談「この危機に臨んで人文学にできること」

2015/12/03

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●「イノベーション」という言葉の軽さ

白井 こうした文教政策の「改革」は安倍政権で加速しています。それは内田さんが株式会社化と言われたように、要は「大学も儲けなきゃいかん。儲けに直接つながらなきゃいかん」という発想。儲かりそうなところには予算を重点的に配分し、儲からなさそうなところはもういいでしょう、と。人文学部は、儲からなさそうなものの筆頭ですが(笑)、儲かるものはというと──ここが敗戦国の哀しさですが──テクノロジーだ、科学技術立国だという話にすぐなる。確かに科学技術が戦後日本の経済成長を支えた面は大きいですが、その成功体験のせいで、成長が鈍化するほどに「技術革新が必要だ」という考えが強まっていく。
1990年代から異様に流行りはじめたのが「イノベーション」という言葉です。私が修了した一橋大学にも「イノベーション研究センター」というのができまして、そんな恥ずかしい言葉使うかねと思ったものですが。だいたい、お金さえかければイノベーションが起こると考えるのは科学をなめすぎですよね。

内田 ほんと、イノベーションって言葉は死語になってほしい。ある大手電機メーカーにいた人に聞いた話ですけど、彼は現役時代に「半年に1回のイノベーション」と「間断なきコストカット」を義務付けられていたというんです。いや、イノベーションというのは予見不能なものであって、それが起こると、これまで使っていたシステムやロジックが全部吹き飛んで、何万人何十万人が失業してしまうんです。そんなことが半年に1回起こったら大変なことになる(笑)。
 アメリカ人の医療経済学者に聞いた話ですが、ある時、東大で「医療におけるイノベーション」ということで、創薬をどう促進するかという研究者たちの議論を聞いていたそうです。話が「製薬会社の法人税をカットしよう、そうすれば研究費が増えて開発が進むだろう」という結論になったところで、彼がたまりかねて割って入った。「いや、アメリカでは5年前からそれをやってるけど、ただの一件も成果が出てないですよ」って。日本のトップの頭脳が集まった東大でさえ、自分たちがやろうとする制度改革について、統計やエビデンスを調べてないんですよ。語っているのは願望だけ、というね。


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