内田 樹×白井 聡 対談「この危機に臨んで人文学にできること」

2015/12/03

この対談は、2015年9月19日に成立した新安保法制を契機に企画されました。立憲デモクラシーという政体の根幹が崩れ、経済も、医療も、メディアも、日本のあらゆる仕組みが制度疲労で限界に達している今、大学や教育も例外ではなく、人文学はとりわけ強い逆風にさらされています。この状況を生き延びるために何ができるか。人文学の知見をどう活かすべきか。京都精華大学の2人の論客が語り合いました。
(対談の模様を一部抜粋してご紹介します)
 
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< 目次 >
「株式会社化」する大学
「イノベーション」という言葉の軽さ
知性も教育も「集団的に発動する」もの
多様性が学びの可能性を広げる
人文学は乱世にこそ光る
 
 
 
 

●「株式会社化」する大学

白井 いま大学で進行している危機を考えていくと、安倍政権の危うさと深いところでつながっていくと思うのですが、まず大学の現状を内田さんはどう見ていますか。

内田 大学で今進んでいる危機を端的に言えば「株式会社化」です。あらゆる社会制度が株式会社という組織をモデルに作り替えられていくなか、教育や医療や司法といった惰性の強い、つまり政治・経済や歴史的条件が変わっても軽々には変化しない、変えてはいけない仕組みがいちばん集中的に攻撃されている。
 たとえば、トップへの権限集中。かつては、教授会が教学内容や時間配分、人事や経営についても大きな決定権をもちましたが、それは会社の論理で言えば、労働組合が経営方針を決めていくようなもので、「民間ではあり得ない」と。で、権限をトップに集中させ、教員を1年や数年単位の契約で査定していく仕組みを作る。大学自体の評価は「定員充足率」と「就職率」という二つの指標で数値的に測られます。数値の高い大学は、市場のニーズに応えているが、そうでないところは淘汰されて市場から粛々と退場するべきだ、と。そういう発想が最も合理的なんだと、かなり多くの人が同意してしまっている。
 これは根本的な間違いです。教育や学校には何千年もの歴史がある。次の世代を教え、育てていかないと共同体が存続できないという人類学的な要請で生まれた仕組みなんですよ。これに対して、株式会社はたかだか18世紀の終わりごろにできた資金集めの仕組みであって、存続なんて考えていない。その時その時に儲けが出て株主に配当できればいい。株式会社の平均寿命は5年ですよ。そんな組織をモデルに、人類学的な仕組みである学校を変えようなんて狂気の沙汰なんですが、これが日本だけでなく、世界中で進行している。だから、いまは世界中が「集団的な発狂」状態にあると言っていいんじゃないでしょうか。

白井 この20年ぐらい「大学改革」が叫ばれ続け、さまざまな改革が行われましたが、その多くはやらない方がマシだったんじゃないか、というものでした。しかし官僚支配が強まり、文部科学省が各大学の取り組みを査定してお金の分配に傾斜を付けはじめたために、嫌でも何かやらないといけない。その結果、現場は会議、会議、書類、書類……に追われ、本来やるべき教育や研究活動にしわ寄せが出ています。この10年ぐらい日本の研究者の論文生産本数は減ってるんですよ。アメリカやドイツ、中国などは伸びているなかで。

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