中島勝住先生インタビュー

2015/04/03

中島勝住01

「学校に満ちあふれる理解不可能なモノやコトを解剖してみよう」

子どもたちの“日常空間”である学校を文化として捉える「学校文化論」


 
中島先生は「学校は摩訶不思議な空間だ」と言います。なぜ、制服があるのか。なぜ、朝礼では整列しなければいけないのか。よくよく考えてみると、心のどこかで「どうしてかな?」と思っていたことはありませんか?中島先生は、これらの疑問を解きほぐす作業を学生たちと一緒に行う一方で、地域と学校の関わりについても研究を進めています。学校を文化として捉えると何が見えてくるのか、インタビューでお話をうかがいました。
 


 
 
 

Q.先生の研究テーマは何ですか?

A.「学校生活の“あたりまえ”を問い直していくことです」

今の学校は、近代以降に、国家が国民を教育するための制度のなかで生まれてきました。それゆえ一般的に、学校は制度の枠組みのなかにある場所として捉えられ、「子どもたちが生活する空間」であるという側面が見過ごされがちです。
 
しかし、子どもたちの立場から言えば、学校は「自分の意志に関わらず行かなければいけない場所」であり、「自分たちが生活する空間」。7歳から18歳までの12年間、あるいは大学に進学すると16年間という長い年月を過ごす日常空間だと考えるほうが、ずっとわかりやすいはずなのです。
 
学校文化論では、子どもたちが生活する場所である学校を文化として捉え、学校のモノやコトを紐解いていきます。たとえば、「授業」「ルール」「あそび」「友達関係」などの“コト”、「教室」「机」「黒板」「校舎」などの“モノ”がすべてキーワードになります。
 
「学校だから」という枠のなかで見ていると、「なぜ、制服を着るの?」「なぜ遅刻をしてはいけないの?」と疑問を差し挟む余地はありません。ほとんどの人は、学校の外にある「制服」と「学校の制服」はどこが同じで、どこが違っているのか、考えたことすらないと思います。
 
僕の授業では、学校では“あたりまえ”とされてきたモノやコトを徹底的に解剖。学生一人ひとりに自らの学校経験を振り返り、相対化する作業にも取り組んでもらっています。
 
 

屋久島町栗生小学校朝礼風景

屋久島町栗生小学校朝礼風景

 
 
 
 

 
 


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