加美 甲多先生インタビュー

2016/01/14

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Q.中世の説話文学を読む面白さとは?

A.自由に面白おかしく生きていた人々のパワーが感じられることです。

鎌倉、室町、安土桃山と、中世はたしかに武士が活躍しますが、実は「武士だけの時代」というわけではありません。貴族や僧侶、あらゆる職業の庶民、遊女や芸能民などが、いろいろ気にせずにあっけらかんと生きている。そんな時代だったのだと思います。
 
人々が自由に面白く生きている時代にはパワーがあります。中世の説話文学からは、この時代のパワーが非常によく感じられます。平安時代なら、貴族を笑いの対象にすることは難しかったでしょうけれど中世の説話では自由。妖怪や幽霊など人間ではないものまでが現れて、混沌としたエネルギーにあふれた世界観をいきいきと映し出しているのです。
 
また、仏教もこの時代を考えるうえで重要な要素です。法然・親鸞に始まり、一遍、日蓮、栄西、道元などが新しい宗派を開き、布教の対象は貴族・武士から庶民にまで広がりました。庶民にわかりやすく仏法を伝えるために、編纂されたのが「沙石集」をはじめとした、数多くの仏教説話集です。
 
庶民のための説法に、笑いや和歌の要素が取り入れられたのもこの時代。涙あり、笑いありの説法が、やがては落語の祖となったとも考えられています。「伝える」ための表現手法に対する発想が柔軟になっていくのもまた中世だったのです。
 
歴史は文学に、文学は人間につながっています。過去の時代を人々がどんなふうに生きていたのかを知れば、自分が生きているこの時代を相対化することもできます。その作業は、自分自身を自由にしていくことにもつながると思います。

  
 
 
 

 
 


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