2016年度 京都精華大学 入学式を執り行いました

2016 年 4 月 1 日

京都精華大学 2016年度入学式

4月1日(水)に本学にて2016年度入学式を執り行いました。

式では、学長 竹宮惠子、理事長 赤坂 博による式辞、祝辞のほか、華道未生流笹岡家元 笹岡隆甫さんよる祝演「活け花LIVE」が演じられました。また、新入生を代表して、デザイン学部 今 彩花さんより、これからの大学生活に向けた抱負が述べられ、最後に学生自治会長 筏 和良さんの歓迎の辞をもって式を終了しました。

学長 竹宮惠子による式辞

新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。

皆さんが、今日の日を迎え、新しい心持ちで大学生活を捉え、全く新しい自分になる第一歩を開拓するつもりでいてくださるとすれば、学長としては何よりもの歓びです。
先日の卒業式でも話しましたが、昨今のTVや新聞で伝えられる通り、決して社会は安穏と過ごせるような状況にはありません。予測しがたい未来に備える、というような言葉も多く聞かれます。若い皆さん方にとって、おそらくこのことは一番気になり、かつ気にしたくないことであろうと、私は考えています。なぜなら、どんな世界であろうと、皆さんにとってはそれが自分たちの世界、だからです。誰が自分たちの世界は過去よりも悪いと思いたいでしょうか。

私の学生時代にも、就職の問題や価値観の変化の問題、そして環境汚染や公害などの問題がありました。決して私の時代と大きく違っているわけではないのです。若い皆さんにとっての未来は、皆さんの手で変えられる。私の学生時代も同じでした。まわりでは大人たちがいろいろ嘆かわしいと言っているけれど、変えればいい!と思っていました。それが若い、という力だと。予測しがたい未来には大いなる発明があるかもしれない。世界を救うささやかな流れが、流れ始めるかもわからないのです。

TVのニュースで語られる言葉は、かつての新聞よりもはるかに詳しく、情報はものすごい密度で増しています。だから悲観的にもなるし、恐れる気持ちも強くなるのは当然ですが、そんな中でも、私は若い皆さんに絶望して欲しくない。情報量が多すぎて溺れてしまい、本当に拾うべき貴重な真実を見逃すことだけは、して欲しくないのです。輝くような貴重な真実の割合も、情報の波に隠れているかもしれないけれど、かつてよりもおそらく、豊かになっているはずだからです。それは至極単純な計算で、善いものも悪いものも構成する材料が増せば、すべての現象が増えていく。悪い事象だけを見ることを止め、冷静に世界を客観的に見れば、善い事象も見えてくるはずなのです。

どうすれば、それが出来るか。大学に入学したこの日、新しい自分になる第一歩を開拓して欲しい、とお話ししたのは、ここから善い事象を集めることを始めて欲しいと思ったからに他なりません。絶望したり悲観しすぎて、自分自身の未来を自分の手で台無しにしてしまわないように。心というものは柔軟で、笑顔ひとつで重い扉が開くこともある。それが言葉だけでないことを実感することも、実は難しくないのだということを、ぜひ皆さんに知って欲しいのです。

高校生から大学生へと位相を変えるいまこの時に、その変化がどういうものであるかを把握しておくことは、きっと皆さんのこれからに役立つと考えます。大学生活をどう捉えるかは、もちろん皆さんのそれぞれに委ねられたところではあるのですが、もしも高校生活と変わらない流れであると思っていたら?…それはとても残念なことです。このときこそターニング・ポイントであり、実際には想像よりも皆さんの生活は大きく転換することになります。高校までがある程度目に見えるレールがある道だとすれば、大学は自分自身の設計力を必要とする、道なき道となるからです。
同じ学科で同じ科目を受講していても一人一人の未来への展望は違っていて当然で、本来は受講する目的さえも違うはずなのです。しかし何となく取るべき科目を示されて、何となく履修し、要卒単位数を揃えることで卒業していく人もいます。それが出来るのも、また大学。そこを理解しておいて欲しい。

私はかつて、自分の呼び名が『生徒』から『学生』に呼び名が変わったとき、その違いは何なのかと考えました。急に呼び名が変わるので、皆さんの中にもそういう疑問を持った人がいるかもしれません。簡単に言うと、教える資格を持った教員によって、定められた基礎学問を指導され教育される立場が生徒。大学は研究施設であるがゆえに教員免許のない者であっても教員となり、学生と教員がともに研究し学びを確認する場であるから学生と呼ばれる。高等教育機関とは、高校までの基礎学問から飛び立ち、それぞれの目的や専門領域の深さに合わせて、教員と共に学び研鑽し、更なる高みを目指す場所なのです。

違いが理解できたでしょうか?大学では決して学びを強制しません。単位を落とすことも休学することも、本人次第です。が、そういう判断にも個人の責任が伴います。自分の学びが思うように運ばないときもあるかもしれません。そんなときに履修しようとした科目を途中放棄して別の科目に向かうこともあるでしょう。しかしその選択に責任を持つのは自分自身になるということ。それが『自分自身の設計力』となってくる訳です。無論、その設計力もいつも上手くいくとは限らず、美しく設計したはずが途中で設計のし直しや方向転換さえもないとは言えない。その時にどう対処できるかもまた、皆さんの個々の違いとなっていくのです。

中学から高校の間に、皆さんはもう他の人と自分の違いを意識していることでしょう。でも決してそれだけが個性ではありません。これからの4年間で考え、答えを出すうちに違いはさらに細かく大きくなっていくでしょう。それを身体いっぱいに感じ、楽しみ、かつ賢く捌いて多くの他者と協力し、また気持ちよく離れること。そのすべてを学びながら、精いっぱいに成長してください。

一生の居場所を探す旅の始まり。それが今日からの大学生活です。
この大学の4年間、18歳から22歳までと、多くの人が人生で最も大切な成長の時期を過ごすことになります。18歳の選挙権が施行されたことで、政治に対する責任をも意識し、本当の意味で京都精華大学の理念『自由自治』を考えていかねばなりません。この大学に来て多くを知り、新たな自分を見つめ育てて、自分が何者かを理解してもらえたら最高です。本当に、おめでとうございました。

京都精華大学学長 竹宮惠子

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