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今日はタンターさんは居ません。代わりに中尾さんが来てくれました。講議内容は「ベトナム戦の概要と,日本のそれへの参加」みたいなものです。(資料も見ずにべらべらしゃべるので、真意のほどは各自確かめる必要あり!) 話は1954年の「ジュネーブ協定」から始まりました。
1954年 インドシナ・ジュネーブ協定 (ジュネーブ協定には様々あり、これは1954年。実質的にはベトミンとフランスの停戦協定)
*1(地図参照) フランスのベトナム侵略(1887フランス領インドシナ連邦)は,ハノイで起きたスペイン宣教師殺害事件がきっかけとなった。 それからのフランスのベトナム支配が始まるが,彼らは土地制度改革をまったく行わず,ベトナムに母国(フランス)の分まで搾取したため,ものすごく貧困化。しかも,太平洋戦争の頃には日本も入ってきてしまう。日本は(麻や)食料を得ようとした。→1945年、100万規模の死へ
1950
1954
朝鮮戦では
1955
1959
1960
1964
1965
1969
1970
1974
*『昭和国勢総覧』(東洋経済新報社 1980年)による
(これらの数値に見れる以上にベトナム戦による日本経済発展への影響・費用は大きい。)
ミサイル用カメラ、非戦闘員として働く従業員etc...