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Music

それぞれの場所に根ざした
“クリエイティブな思考”をシェアしたい
山本佳奈子(Offshore主宰)

インターネットで誰でも気軽に情報を発信できるようになり、ミュージシャンが自分でウェブサイトを運営することも珍しくない現在。しかし、そうした情報が溢れかえる一方で、ある特定の場所で熱意とアイデアをもった人々が取り組んでいる面白い音楽活動は、まだ数多く埋もれています。
そんななか、アジアを中心に世界中で現地取材を行い、みずから「Offshore」というサイトを運営しているのが、山本佳奈子さんです。「音楽はジャンルよりも姿勢」と言う山本さんは、音楽をとり巻く人々の関係や発想にまで分け入り、ディープな情報を伝えています。取材の方法や情報発信へのこだわり、これからのライブシーンについて、お話を伺いました。

取材=谷口文和(京都精華大学 ポピュラーカルチャー学部 音楽コース教員)

山本佳奈子 やまもと・かなこ
Offshore主宰。尼崎市出身。高校卒業後、音楽系専門学校に通い、バンド、DJ活動と並行してライブハウス・クラブなどで働く。日本の“情報鎖国状態”に問題意識をおぼえ、またアジア各地への旅行で現地の若いクリエイターたちの情熱や柔軟性に感動したことから、アジアや海外の最先端アートやアンダーグラウンドカルチャー情報を発信するサイト「Offshore」を立ち上げる。独自の視点から切り取った海外のディープな情報が、多くの音楽ファンの心を捉えている。
Offshore

“外の世界”を知らないと、面白い空間はつくれない

現在まで、音楽とどのようにかかわってこられたのでしょうか。

山本 高校生の頃から自分で企画したイベントをやっていて、専門学校で音楽の裏方全般を学びながらライブハウスでアルバイトを始めました。当時クラブ・ミュージックが流行っていたのですが、そういう世界を全然知らなかったので、裏側を見られたら面白いだろうと思ったんです。
専門学校を卒業して一年くらい後に別のライブハウスに就職したのですが、その頃にはインディーズ・バンドのブームが下火になっていました。「ライブハウスはめちゃくちゃ多くてバンドもいるけど、客は入りづらい」というしんどい時期で、ブッキングするスタッフがみんなで頑張って月30日を埋めていたんです。30日だけだったらまだいいのですが、週末はイベントを2回入れたり、夕方はライブで夜からクラブイベントにしたりという日々でした。
そんななかで、時間があまりにもなくて、ライブハウスの地下にいるばっかりで“外の世界”を全然知らない、と気づいたんですよね。ライブハウスは面白いことや楽しいことを提供する空間なのに、“外の世界”を広く知らない人間がやっていても、そうはならないだろうと。

ブッキング
ライブイベントの出演者を決めること。多くのロック系ライブハウスでは、デモ音源を持ち込んだバンドや以前に出演したバンドに声をかけて、日々のイベントを企画している。

“外の世界”といえば、今まで頻繁に海外に行かれていますね。

山本 高校の頃よくレコード屋さんに行っていて、そのとき一番好きだった音楽がジャマイカのオールディーズだったんです。50年代、60年代のジャマイカのレコードが大阪でもめっちゃ流行っていて。で、現地に行ったら安いんじゃないかと思って、これを卒業旅行にしようと。一人でビビりながらレコード屋さんまで行って買えるだけ買ったり、ラジオが面白かったからずっと録音したりしました。それがちゃんと自分で行った初めての海外です。
2010年にはキューバにも行きました。フィデル・カストロの健康問題がニュースになっていて、カストロが死んだらあの国は何かが起こるはずだと考えたからです。キューバは有機農業や医療がすごいと言われる反面、自由がないはずだとも思い、社会主義って本当はどんなものなのか知りたかったんです。でも自分だけで満足するのはもったいないなと思っていたときに、ちょうど「webDICE」というサイトがライターを募集していて、5回の連載をすることになりました。「自分が何か書かなあかん」と意識すると見えてくるものも違ってきて、文章を書くことが面白いと初めて思いました。そこで、どうせ旅行に行くなら、その記録として何か書けばいいんだと考えたんです。
次の年にアジアを旅行したときも「webDICE」で旅行記を連載しましたが、ずっとそこで続けていくわけにもいかないから自分でやろうと思い、その年の7月に「Offshore」というサイトを立ち上げました。それからは自分でインタビューをとったりしています。

webDICE
東京を拠点に、映画・音楽・演劇・アートなどのカルチャー情報を届けるウェブマガジン。アップリンクが発行していた雑誌『骰子』(ダイス)が元になっている。
www.webdice.jp

アジア各地のクリエイティブな人たちからヒントを得る

山本さんの記事を読むと、行った先で実際に起こったことが生々しく感じられ、情景が目に浮かぶようです。現地で何をするか、あらかじめ決めていないのですか。

山本 行く前にはネットでひたすら調べます。でも、ネットにちゃんと情報が出てくる場所って、行ってみたら「なんやうっすいなあ」という感想になることが多くて。私はもっと土着的で、個人がやっているオルタナティブな動きが知りたいので、行った先でフライヤーなどを集めて情報を収集するんです。だから全然ネット上で完結していません。
あとは現地の友人の紹介もあります。連載「アジアン・カルチャー探索ぶらり旅」のときも、最初は北京に興味なかったけど、香港でやっとできた信頼できる友人から「中国は上海より断然北京やで」と言われて、北京のロックフェスに行くことにしました。

取り上げている音楽のスタイルはとても幅広いですが、インディペンデントな音楽や人にこだわっているように感じます。

山本 そうですね。音楽はジャンルよりも“姿勢”だと思っていて、音楽をとりまく人の関係性や事象に興味があります。そこで興味を持った人たちを追っていくと、必然的にノイズ・ミュージックなんかが増えたりします。ポップなものも嫌いではないですけど、メジャーな音楽だったら自分が取り上げる必要がないですし。
つまり、情報が『地球の歩き方』になったら意味がないんです、それはすでにあるものですから。そうではなくて、香港とか台湾とか北京とか、現地のクリエイターや音楽家が何を考えているのかを知ってほしいんです。

現地の人の考え方というのは、その場所に根ざしたものですよね。旅行に行きたい人向けの情報や、ある地域の音楽を紹介する情報はいろいろとありますが、「Offshore」はそのどちらともいえないところがポイントだと感じました。

山本 社会と文化や芸術とはとても密接で、切り離せないものだと思っています。「今、中国はこういう社会だからこういう音楽が生まれてくる」と言ってしまうと陳腐になってしまいますが、そういう部分は確実にあります。
根本的に、「情報発信を絶対やらなあかん」と思ったのが、2011年にアジアを旅行したときです。3月10日に日本を発って、震災を上海で知ったんですよ。旅をしながらふとツイッターを見たら、初めて見るようなすごい言葉が並んでいて……。外から一歩引いて見ていたからだと思うんですけど、そういう状況の中で日本人は情報にあまりにも弱いと思いました。島国だということが露呈していて、社会の国際性が感じられなくて、日本はこれからどうなるんだという危機感が強くなったんです。私はそのときにクリエイティブな人たちに会っていたから、現地の人たちの柔軟なアイデアや考え、行動の起こし方を日本人に伝えていくことで、日本人がもっとヒントを得られないかと考えました。

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