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Music

微分音オルガンが可能にした
「耳で作る」音楽へのこだわり
冷水ひとみ(作曲家/微分音研究家)

およそ百年前に映画が登場して以来、映像に音楽をつけることは音楽家にとって主要な仕事の一つとなっています。非現実的な情景や登場人物の心理を描写するため、時代ごとの最先端の作曲法やテクノロジーが積極的に取り入れられるなど、映画は音の表現を開拓する場でもあります。
映画『ウォーターボーイズ』やゲーム『SIREN』などの音楽を手掛けてきた作曲家の冷水ひとみさんは、1オクターブを43に分割し、半音よりも狭い音程が出せる“微分音オルガン”の音楽家としても知られています。冷水さんは従来の作曲法に満足できず、学生時代にさまざまなスタイルを試したといいます。微分音オルガンとの出会いから、映像作品に音楽をつける上でのこだわりや手法まで、お話を伺いました。

取材=谷口文和(京都精華大学 ポピュラーカルチャー学部 音楽コース教員)

冷水ひとみ しみず・ひとみ
作曲家、微分音研究家。奈良県出身。石桁真礼生、八村義夫等に師事、桐朋学園大学音楽学部作曲科卒業。同大学研究科修了。1990年に『NHK NEWS 21』の作曲チームに参加し、以降、TVや映画、ゲーム等のサウンドトラックを多数手掛ける。山村浩二監督作品の音楽を多く手がけ、2003年に『頭山』で、仏クレモンフェラン、ベストサウンドトラック賞を受賞。音楽事務所マニュアル・オブ・エラーズ・アーティスツに所属し自作の微分音オルガンを使い精力的な作曲活動を続けるほか、バイオリニスト・西田ひろみとのデュオ「SYZYGYS」としても活動している。

Syzygys live at AngelicA – Festival Internazionale di Musica, Centro di Ricerca Musicale – Teatro San Leonardo Bologna Italy, photo by Carlo Favero

反骨精神が生み出した、独自のスタイル

まず、冷水さんが音楽を志したきっかけから伺えますか。

冷水 4歳からピアノを習っていて、小学生のころは児童合唱団に入っていました。14歳のときには作曲家になろうと決めて、高校で作曲を専攻することにしました。
一方で、即興演奏的なことは幼稚園くらいからやっていました。また、当時使っていたピアノの練習のテキストを見ると、「このほうが弾きやすい」「こう弾いたほうが歌って楽しい」といったことが書いてあって、もう自分で編曲しているんです。「もらったものをそのまま演奏しない」という精神があったんですよね。

もともと自発的に自由に創作をしていたのに、専門性の高い作曲を学ぶことにジレンマを感じませんでしたか。

冷水 すごく厳しい世界で、そういうことを考える余裕はありませんでした。進級のために作品を提出しなきゃいけないし、学内コンサートもあって。ただ辛くはなかったです。私はボロクソ言われてもそれを楽しめるというか、反骨精神がすごく旺盛で、「君たちにわかってもらえなくても構わないよ」という気持ちもありました。だけど、満足はできなくて、いろいろなスタイルを試していました。

微分音オルガンを作られたのもその頃ですか。

冷水 大学を出てすぐ、85年です。ハリー・パーチという現代音楽の作曲家の曲を聴いていて、そのオルガンの音がすごく好きでした。それでパーチの本を読んでみると、微分音オルガンの作り方が書いてあって、すぐに作ったんです。
そこで、大学時代に紆余曲折した結論を自分で出せたんだと思うんですね。微分音によって音楽理論の根本から変えることで、自分らしい感じがするというか、ちょっと自由になれたというか。そこでまたゼロからスタートできたんだと思います。

微分音オルガンで“耳の欲望”に従う

こちらが冷水さん自作のオルガンですね。

冷水 これは2号機です。1オクターブを43に分割していて、平均律ではなく純正律がとれるんです。(和音を弾いて)このマイナー・コードがすごくきれいなんですよ。もう一台のTonal Plexus TPX6sは4〜5年前のもので、H-Pi Instrumentsという会社が作っていたんです。オクターブを205分割しているので、隣あったボタンとの差はほとんどわからないです。

平均律と純正律
チューニングの方式のこと。純正律は主要な和音の協和を基準としており澄んだ響きが得られるが、和音によっては濁りが目立つ。一方、オクターブ内の12音の音程を均等にした平均律は、すべての音を平等に扱うことができ、現在では標準となっている。


自作の微分音オルガン


Tonal Plexus PX6s

同時に鳴らすと、2つの音のわずかなズレが生み出す“うなり”が聴こえるので、そこで差がわかりますね。

冷水 割とそういう響きが好きで、こだわっています。「曲は耳で作る」という基本があって、音を聴きながら耳の欲望に従っていくんです。音楽というのは音響の事象ですから、普遍的な物理的法則がありますが、それ以外からは解き放たれたいと考えています。

微分音オルガンはもともと濁らない純正律の響きを得るために作られた楽器ですが、“うなり”を感じるというのは、発想としては逆ですよね。ライブでも、隣合った音を次々と鳴らしていくことで、なめらかに音の高さが変わっていくように演奏されていましたが、そうした鳴らし方は練習してひらめくものなのでしょうか。

冷水 はい、手を動かして見つけるというか。楽器にいろいろと機能をつけることはできますが、人間の手が2本しかないことは変わらないので、人間の限界というのはありますね。

簡単に弾けないからこそ、設計者の狙いとは違う表現も出てくるのかなと思います。2種類のオルガンを使うようになって、わかったことはありますか。

冷水 43微分オルガンは中でリード(舌状の部品)が振動して音が鳴っているので、協和するときもしないときも柔らかさがあって、音色的にきれいなんですよ。

同時に起こっている振動がオルガンの内部でなじんでいくわけですね。一方でデジタル方式の205微分オルガンは、計算で決められた波形がスピーカーから発音されるだけだから、そこで音色の違いが出るのでしょうか。

冷水 でも時々、すごく変な音を発しちゃいますね。面白いのは、計算ではこれがいいはずなのに、どう考えてもそれとは違う音のほうがよく響いたりすることです。そういう不思議なことも、やっぱり起こる。「ひとつの音」であっても、そのなかでさらに多くの音が鳴っている。そう単純に、人間がコントロールできるものでもないんですね。

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