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Music

コミュニケーションによって広がり続ける
ゲーム音楽の表現の可能性
鈴木光人(作曲家)

いまや音楽の仕事のなかでも花形となったゲーム音楽。テレビゲームをきっかけに音楽が好きになり作曲家を目指すという人も少なくありません。30年前にはシンプルな電子音しか使えなかったゲームの音楽表現は、技術の進歩とともにいまだ広がり続けています。そんなゲーム音楽と関わるためには、今後何が求められるのでしょうか。
SQUARE ENIXでゲームの音楽を手がける鈴木光人さんは、ジャンルを問わず、ゲームの内容やシーンに最適な音楽を作り続けています。アーティストとしての活動でも高く評価されてきた鈴木さんに、ゲーム音楽を作る上で大事なことや、これからのゲーム音楽の可能性について、お話をうかがいました。

取材=谷口文和(京都精華大学 ポピュラーカルチャー学部 音楽コース教員)

鈴木光人 すずき・みつと
作曲家。京都府出身。田中フミヤ主催のレコードレーベル「TOREMA」や細野晴臣主催の「Daisy world」からのリリースでキャリアをスタートし、1997年にエレクトロ・ポップ・ユニットOVERROCKETを結成。その後SQUARE ENIXに入社し、『FINAL FANTASY XIII-2』、『LIGHTNING RETURNS : FINAL FANTASY XIII』、『スクールガールストライカーズ』、『MOBIUS FINAL FANTASY』などのゲーム音楽を手がける。iTunesよりソロ作品『IN MY OWN BACKYARD』(2007)、『NEUROVISION』(2009)を発表。2011年3月、サンフランシスコで行われた世界最大のゲーム開発者向けカンファレンスGDCで即興ライブを披露した。

『MOBIUS FINAL FANTASY』
©SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.

シンセサイザーで音を操る快楽に目覚めた

鈴木さんが音楽を始めるきっかけは、どんなところにあったのでしょうか。

鈴木 小学校1年くらいの時に出会ったYMOですね。6つ離れた兄貴が好きで聴いていて、わが家にシンセサイザーがやってくることになったんです。兄貴の目を盗んでそのシンセサイザーで遊んだことが、今の僕の土台になっています。
78~79年というと「スペースインベーダー」なんかが流行っていて、その効果音が5歳くらいの僕に刺さるわけです。そんななかでシンセサイザーに出会って、「これをこうすればあの音になるんだ!」というのがだいたいわかってきて。
ただその頃は、まだ「音楽を作る」という感覚ではありませんでした。シンセサイザーのフィルターを開いた時に、音がすごく変化することに興味を持って、音を自分でコントロールできるという快感に目覚めちゃったんですよね。それは、ただ鍵盤を弾いて音の高さを変えることとはまったく違いました。

シンセサイザーのフィルター
ある音に含まれる高音域や低音域をカットして音色を変化させる機能。フィルターを“開く”ことで、こもった音からきらびやかな音へと大幅な変化が得られる。

80年代には、電子音の面白さがポップ・ミュージックの醍醐味として本格的に出てきました。「メロディーを作れないといけない、コード進行がわからないといけない」といったハードルがなくなり、もっと自由に音楽が作れるという感覚が共有された時代だと思います。

鈴木 実は中学、高校とロックバンドをやっていたのですが、家ではやっぱり一人でシンセサイザーを使って多重録音していました。その時、ちょっとアンテナを広げてみると、世界ではテクノのようなことが起こっていたんです。そこで「共通言語はここにあったんだ」というのが見えてきました。

そうして作られた音楽がレコードとしてリリースされると、その音楽をDJがプレイして、ダンスフロアで流れたりもします。そうしたクラブ・ミュージックのシーンは鈴木さんの音楽に影響しましたか。

鈴木 音数がどんどん減っていきましたね。フロアに合わせて“機能的”になっていくというか。例えば、キックだけ5分ぐらいずっと続いて、ハイハットが鳴った瞬間にひとつ展開ができて、その裏にベースが加わったりすれば、たった3つの音で30分くらい踊っていられるんです。僕の曲は「構成が面白い、だって最初にキックだけで5分もあるんだよ」と言われたりしましたが、僕からすると、それが一番機能的だったわけです。

その後、2000年前後にはOVERROCKETというユニットで歌を作り、そしてSQUARE ENIXでゲーム音楽を担当するなど、幅広く音楽の仕事をされてきました。どのように活動が展開していったのでしょうか。

鈴木 僕は90年代の初め、19歳くらいですでにゲーム音楽を作っていました。ゲーム音楽には物語やテーマがありますよね。このキャラクターを動かすためにどうするとか、起承転結をつけるとか。音楽で物語を綴るという欲は、そこで解消されました。なので、週末にはそれとは違うチャンネルでテクノを楽しんでいました。ただ、同時進行で平行していた音楽が、たまにヒュッとリンクすることがあるんです。
人とのつながりも大きいですね。ある音楽事務所と出会って上京することになり、ゲームの仕事と二足のわらじでやっていたのですが、そのうち社長に「おい、光人。ちょっとバンド組んで歌モノをやれよ」と言われてOVERROCKETが結成されたりしました。そういう人間関係から多くのことを経験して、今につながっています。

幅広い音楽を作るために必要なこと

今のゲーム音楽はスタイルが非常に幅広くなっていて、ゲーム音楽の作曲家を志す人は「どうやったらこんなにいろんな音楽を作れるようになるのか」と悩むと思います。かなり多くのことを勉強しなければいけないのではないですか。

鈴木 そうですね。ただ、いろんなことをやっているように見えて、きちんと“お約束”が決まっていたりもするんです。ここにも“機能的な音楽”、つまりPVだったらこの感じ、バトルだったらこれ、という使いやすい音楽のフォーマットが存在します。ですから、想像されるよりは難しくないかもしれません。
あ、語弊があるといけないですが、つまりは職業作家という一面があるんですよね。いきなりパズルゲームをポンと渡されて、「パズルっぽい曲を書いてくれ」と言われたときに、僕らはそういう引き出しを持っていなければいけない。多くの分野の情報をつねに吸収しておかなければと考えていますし、おそらくみんな、地道に勉強しているのだと思います。
好きな音楽だけをやりたいのであれば、この職種を選ぶ必要はありませんから。


『スクールガールストライカーズ』
©2014-2016 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.

自発的に作ったことのないタイプの音楽を作るという難しさもあったかと思います。どのように向き合ってきたのですか。

鈴木 それが面白いところで、やっぱり20代の最初に出会った人間関係が大きく作用しています。ひとりですべて作るのではなく、その音楽にピッタリの人を起用したり、さらにその人を経由して面白い人がいたら紹介してもらったりするんです。アレンジを丸投げという事もありますし、そうやってみんなで作る感覚がすごく楽しいんですよね。ゲーム音楽だけど、実際は結構セッション形式で作っているんです。そして、録るだけ録ったら、あとはもうずっとこもって編集している、という感じです。一息入れる感じで客観的になれる編集とミックスは、僕にとって「作曲」と同じくらい大事な工程なんです。

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