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教員コラム 「異質性排除の日本思想史」-人文学部教員 岩本真一 

新型コロナウイルスの感染拡大が続くなか、日本政府は4月16日に、特別措置法に基づく緊急事態宣言を全都道府県に拡大しました。この未曾有の事態に、多くの方が不安を抱えながら過ごしているのではないでしょうか。

今回の「教員コラム」では、いま、私たちにできることを歴史学の視点で考えます。

歴史は「過ぎ去った昔のこと」と思いがちですが、人文学部 歴史専攻の岩本先生は「歴史は未来のためにある」と言います。社会が揺れ動いている今この状況において、歴史を学ぶ意義とはどのようなものでしょうか。
不安な気持ちに押しつぶされないためにも、少し振り返って、一緒に考えてみませんか。

※ 人文学部は2021年度に学部改組を行い、国際文化学部 人文学科となります(設置構想中)。

異質性排除の日本思想史

岩本真一(人文学部 歴史専攻 教員)

過去が教えてくれること

 私たちは現在、これまで経験したことがない事態に直面している。このような状況下において、人文学に携わる私たちはいかにして社会と関わることができるのだろうか。
 かつて、スペインの哲学者オルテガは次のように述べた。
 
 「過去は、われわれが何をしなければならないかは教えないが、われわれが何を避けねばならないかは教えてくれる」(オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』、1930 年)

 オルテガの顰み(ひそみ)にならうならば、この異常事態に際して私たちにできることは、「何を避けねばならないか」を考えることである。近代の日本思想史が「教えてくれる」ことは何だろうか。

全体主義下で起こったこと

 社会が混乱状況に陥ったとき、権力者は一体になることを要求する。そして、人びともそれを求める。それは、今も昔も変わらない。かつて日本が全体主義化しつつあったときも、同じことが起こった。天皇のもとに人びとを糾合しようとした為政者は、それに従わないいくつもの集団や個人を抑圧した。例えば、大正期に急拡大した新興宗教の大本教は、1921 年に不敬罪を理由として弾圧され、1935 年には不敬罪に加え治安維持法違反にも問われて大弾圧を受けている。宗教団体だけではない。民衆生活の場では町内会が相互監視機能を果たし、ハンセン病患者が全国で強制的に排除・隔離された。そして権力者が、そして私たちが求めた社会の一体化は、周知のように、さらに大きな崩壊をもたらしたのである。

いま私たちにできること

 歴史を学ぶに際して最も重要なことは、ある事実に直面したときに、「なぜ」と問うことである。ここで言えば、なぜ為政者そして人びとは異質なものを排除しようとしたのか、を考えることが重要である。人間は基本的に保守的なものである。であるがゆえに、私たちは自分と異なるものの存在を恐れる。そして異質なものを排除することで、自らの一体性をより強固にしようとする。現在、私たちが直面しているのもまったく同じ状況である。オルテガの言葉に従い過去を振り返るならば、いま私たちが避けなければならないことは、極端な社会的一体化に疑問を呈することだろう。そのためには、自分とは異なる存在と対話を繰り返し、異なる価値観の存在を理解する必要がある。にも関わらず現在、私たちは対話の場から隔離され、ひとりでの存在を要請されている。
 しかしながら、対話は生身の人間との間にしか成立しないものではない。私たちの周りには、既にこの世を去った人が残してくれたものが膨大にある。本を読むという形でかれらと対話することにより、私たちはより深くものを考え、想像力を鍛えることができるはずである。
 

「歴史とは何か」という問いに対し、「現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話」と述べたのはイギリスの歴史家E.H.カーである(『歴史とは何か』、1961 年)。更なる崩壊を繰り返さないために、今ほどこの言葉を噛みしめなければならない時はない。

人文学部 歴史専攻 教員 岩本真一

経歴・業績
筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科中退。著書に『超克の思想』(水声社、2008年)、『鳴尾村誌 1889-1951』(共著、05年)、『戦後日本思想と知識人の役割』(共著、法律文化社、15年)、論文に「保田與重郎における「浪漫主義」の形成」、「『コギト』創刊前後の保田與重郎」、「一九三四年の保田與重郎」、「保田與重郎の「日本浪曼派」」などがある。

担当科目:「日本思想史」「日本近現代史特講」 など


 プロフィール
 岩本真一先生インタビュー「歴史は未来志向の学問。明日のために過去に学ぶのです」(2015年公開)

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