郵政民営化とプロ野球ストライキ


前回の発行が6月25日、随分と休んでしまった。じつは8月後半に入院し、持病の手術をした。「病院でも仕事を」などと考えていたが、やはり病院では術後回復に専念、ということになった。完全回復にはまだ時間がかかるが、そろそろ大学の「夏休み」期間も終わるので、ゆっくりもしていられない。とはいえ、いまは、この歳になって親不知の痛みに苦しんでおり、近く、抜かなければならない。二〇歳の頃から無茶を重ねてきた肉体的ツケの清算に追われている感じではある。

さて、今回は、ヤマ場を迎えている郵政民営化について発言したい。

私は、たいがいの政治・社会問題について考え、発言する人間だが、率直に言って、郵政民営化問題というのは難しく思われ、発言してこなかったという経緯がある。たとえば、ODAを批判するNGOの人たちの中には、その財源になっている郵貯とその運用を批判し、郵政民営化を支持する議論もある。また、特定郵便局(長)が長年、自民党の集票マシーンとして機能し、政治腐敗の温床の一つになっているという現実もある。

そういうなかで、郵政民営化反対論を唱えることは、あたかもそうした腐敗の温存に組するようにみえる面がある。

だが、やはり郵政民営化の問題性をきちんと議論することが必要だと考えた。その議論の中に私の勉強不足があれば、読者の方々に指摘していただいて、さらに議論を深めるべきだと思ったのである。

「駅前一等地」の中央郵便局敷地の開発

小泉内閣メルマガで首相本人の声をつたえる「らいおんはーと」の8月5日号と最新号(9月9日)で、小泉首相が「郵政民営化」について語っている。

郵政民営化論議をめぐるニュース報道ではあまり論じられない論点を、小泉首相が8月5日号でとりあげている。

東京駅の駅前にも、大阪駅の駅前にも、名古屋駅の駅前にも、一等地に中央郵便局がありますね。いまは一等地にあっても郵便事業にしか使えませんが、民営化すればもっといろいろな用途に使うこともできるようになります

中央郵便局敷地を都心再開発事業の対象として、巨大高層ビルを建てようということである。

この夏はとにかく暑かった。そのなかで、一時期、ニュースでも取り上げられた問題の一つに「東京ウォール現象」がある。東京湾の湾岸地域に巨大高層ビルが次々と建設され、その結果、東京湾の海風が都心に流れ込まなくなり、都心の温度を数度上昇させたという話である。加えて、ヒートアイランドの問題も、都心の高層ビル街化と大いに関係がある。

ところが、この東京湾岸地域の再開発・巨大高層ビル建設こそは、じつは小泉改革の目玉なのである。小泉改革のなかでもっとも「成果」をあげているのは、都市再生事業であり、とりわけ東京の都心再開発がそうなのである。そういう意味で、今夏の東京の猛暑は「小泉改革の成果」だと言えるのである。

ところで、この春、六本木ヒルズでの回転ドアにまきこまれた幼児が死亡する事故があった。直接の技術的原因もあったが、根底には「営利優先」で安全の確保を二の次にしたことに最大の問題がある。この六本木ヒルズ、しかし、小泉内閣が推進する都心再開発のモデル事業なのである。起工式には小泉首相を先頭に政府・自民党の有力者が多数参加していた。

「カネが儲かることはなんでも善。土地を(再)開発して儲けろ」──小泉首相の郵政民営化論には、そういう考えが透けて見えるのである。

猛暑−気候変動、都市部の暮らしにくさ、これはちょっとした問題ではなく、五〇年、百年あるいはそれ以上のタイム・スパンでの、人間の暮らしをめぐる大きな根本問題である。そういう視野のなかで、小泉首相の「中央郵便局敷地の有効利用」論という近視眼的・市場主義的議論の問題性を問うべきであろう。

郵貯・簡保は不要か

郵政民営化の最大の狙いは、言うまでもなく、郵貯・簡保の350兆円という資金を民間金融市場に移すことにある。

小泉首相は、この点について、「特殊法人改革は、財政投融資資金のお金の使い道の部分の改革」であるのに対して、「郵政民営化は、この金の流れの元の部分からの改革」だと位置づけている(8月5日号)。

財政投融資に問題があるのは明瞭であり、郵貯・簡保で集めた資金を無駄な、あるいは環境破壊的な公共事業にまわすことは廃止しなければならない。ただし、それは特殊法人改革という制度・組織をいじれば済むという問題ではなく、自民党政治の根っこにある利権構造をどのように解体するかという、すぐれて政治的な問題であり、そこにメスが入っているとは到底言い難い。なんでも「民営化」すれば解決するというのではないことは、民間団体たる日歯連から自民党・橋本派への1億円のヤミ献金問題をみれば一目瞭然である。

また、財政投融資問題をめぐっては、郵便局ネットワーク問題とも絡むが、過疎地を中心とする地方で公共事業が社会保障システムの代替として機能させられてきたという社会経済システムの見直し・根本的な改革も不可欠であると思われる。

さて、小泉首相が言う「金の流れの元の部分からの改革」の方だが、これに根本的な異議を唱えたい。郵貯・簡保を民営化する狙いがどこにあるかは、竹中経財相の発言をみればあからさまである。

竹中氏の著書を読むと、国民は「ローリスク・ローリターン」から「ハイリスク・ハイリターン」へ変わりなさい、と説かれている。これが彼の「構造改革」論、グローバル・スタンダード化論のいちばんの中心論点だと言ってよいだろう。簡単に言えば、「破綻の危険はかぎりなくゼロに近いが、利息がほとんどつかないような郵貯などにお金を預けずに、国民はもっと投資信託などに手持ちの金を廻しなさい」ということである。とりあえず竹中氏本人が株を買ったり、高級マンションを複数購入したりして、金儲けを追求するのは竹中氏個人の自由だと認めよう。

だが、しかし、年寄りや、「中の下」階層及び低所得者層などが、わずかばかりの「蓄え」を「安全第一」で郵貯や簡保に預け、「いざ」という場合に備えることが、そんなに悪いこと、あるいは馬鹿げたことであろうか。私はけっしてそうは思わない。

ここには、非常に重要な生活哲学、人間の生き方の問題が横たわっている。ただひたすら「効率」と「マネー」だけに目を奪われ、そこに至上の価値を見出す生き方が人間の求めるものだろうか。私はそうは思わない。たしかに、健康保険が本人負担が3割化するなかで、私自身も今回のような入院という事態に備えて、「てごろでがっちり入院保険」などという個人医療保険に加入して「自衛」を図らざるをえなくなっている。だが、そのようなアメリカ・スタイルは国民の多くがけっして望んでいるものではないであろう。

節約に節約を重ねて、わずかばかりの「蓄え」を保とうとしている“庶民”のカネをも、グローバル化、投機化する金融市場に吸収・収奪しようという目論見に、到底賛成するわけにはいかない。

社会保障の切捨てが進行する中での「ひまわりサービス」

郵政民営化問題の中で話題になるものに、過疎地などでの郵便局による「ひまわりサービス」がある。一人住まいの高齢者に郵便局員が「声かけ」をしたり、生活上のお世話をするという制度である。

民営化によって「ひまわりサービス」が廃止されてしまうのではないかと心配する声は多い。これに対して、竹中経財相は8月のタウン・ミーティングで、「それは社会福祉分野で解決されるべきもので、郵便部門に求めるべきものではない」という趣旨の回答をしていた。

たしかに「声かけ」等のサービスは本来の郵政事業ではないであろう。しかし、同時に、過疎地の暮らしが生み出した「知恵」でもある。そして、日本の社会保障制度、社会福祉制度が高齢社会や過疎地の現実にまったく対応できておらず、社会保障の縮小・切り捨てが多くの国民の不安になっていることは年金問題−参院選の結果に明確にあらわれている。

はじめの方でふれた自民党の集票組織となっている特定郵便局の局長会などが、「利権死守」のために、この種の問題を利用することには嫌悪を覚えるが、「ひまわりサービス」問題が重大であることは事実である。

私のゼミで過疎地の研究をしている学生がいるが、過疎地の人びとの暮らしを困難にしている大きな問題の一つは、唯一の買い物場であった農協の支所の閉鎖である。郵政民営化となれば、過疎地の郵便局がいずれ農協支所と同じ運命を辿ることは目に見えているのである。

ストライキ──なんと懐かしい言葉か

さて、最後にプロ野球選手会のストライキについて触れておきたい。

明日11日に決行されるかどうかはわからないが、「ストライキ」という5文字が新聞一面にデカデカと出るというのは、日本社会ではいつ以来のことであろうか。ひょっとすると、国鉄民営化をめぐる攻防以来かもしれない。だとすれば、約20年ぶりということになる。

郵政民営化問題でも「労働組合との関係」が詰めの段階で一つの問題として出てきているが、それにしてもストライキという話はまったく出てこない。郵政事業の労働組合といえば「全逓」であり、国鉄労組と並んで「順法闘争」等の諸戦術を編み出し、戦闘的な労働運動をくりひろげてきた労組である。しかし、いま、そのかつての「闘う力」は微塵も感じられない。

そういう中でのプロ野球選手会のストライキである。

選手会の中心を担っている人びとはほとんどが「年棒一億円」を超える収入を得ている「勝ち組」である。いや、「勝ち組」であるからこそ、このご時勢の中で「ストライキ」を構えることができるということだと言った方が正しいかもしれない。

選手会がスト実行を宣言した翌日の新聞の社会面に「街のこえ」として、つぎのような発言が紹介されていた。

ようやく入れた会社なのでストなんて考えられない。不採算部門を削るのは当然。近鉄社員のことを思うと合併が悪いとも思えない

これは大阪の25歳の男性会社員の言葉である。この人を責めようとは思わないが、

  1. 「就職難の中でようやく就職できた」
           ↓
  2. 「ストなんてとんでもない」
           ↓
  3. 「不採算部門のリストラは当然」

ということを働く者が言うというのは、いま、日本社会において労働者がどういう立場に追い込まれているのかを象徴するものだと言わねばならない。古くは19世紀の中葉にマルクスが『資本論』で相対的過剰人口問題を解明し、不況下での労働者同士の競争 → 労働条件の劣悪化を論じたが、どうやら21世紀は、20世紀の労働者の権利確立や福祉国家を否定して、19世紀中葉の頃への回帰が進んでいると言えそうだ。

プロ野球選手会ストライキを、単にプロ野球をめぐる問題として考えるだけでなく、郵政民営化−小泉改革−市場主義という動きの中で、労働者の権利という問題を考える(学ぶ)機会とすることが必要なのではないかと思うのである。(了)

マガジンナンバー:第9号
発行日:2004.09.10; 原本作成日:2004.09.11; 最終更新:2004.09.11;
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