先生にインタビューで聞く人文学部の学び
小椋 純一 インタビューテーマ 森林をみれば、文化や歴史が見える? 教授/岡山県出身。里山などの人のくらしと関わりの大きい植生景観の変遷について、古い絵図類、初期の地形図や写真、樹木年輪など、さまざまな資料等を用いて研究している。

小椋さんの研究テーマは何でしょうか?

植生景観の歴史を研究しています。「植生」とは、ある地域に生育している植物の集団のこと。そこまで聞くと、自然についての話をイメージするかもしれないけれど、植生は人間の暮らしや文化と深く関係しているんです。 たとえば、京都の伝統行事である「送り火」。始まったのは室町時代と言われています。かつては、今よりも送り火がたくさんありました。その背景として、かつては人々が山の木々を燃料などとしてさかんに利用していたために、山には大きな樹木は少なく、送り火がつくりやすかったことがあると思います。この大学に近い市原(電車で2駅)にも「い」の字の送り火があったことを知っていますか? 明治30年頃まで、京都周辺では最大級の送り火があったのですが、その送り火が消えた原因をしらべてみると、どうも植生の変化が関わっているようなのです。

ogura_01.jpg1994年の貴重な写真 学生さんと作業中

今でも、鴨川付近は送り火を見るのによいところですね。かつても鴨川沿いやその橋の上が一番の視点でした。その鴨川付近から「い」の字の送り火の方を見るとき、その送り火の手前には小さな山があります。この大学のすぐ西側にある本山(もとやま)なのですが、その送り火がまだあった明治10年代の頃は、その山の上部の木々の高さはせいぜい2~3メートルくらいでした。けれども、送り火が消えた明治30年代後半には、それが9メートル程にもなっていたことが、その山の記録からわかります。パソコンを使ってシミュレーションをしてみると、その山の上部の木々が6メートル程度になると、鴨川沿いからは、「い」の字の左側の部分がほとんど見えなくなるんですよ。送り火は、京都の町の人々に見られることに大きな価値があった面があって、見えなくなることにより、その存在価値が大きく減少し、それが消えることにつながった可能性が高いと思われます。ちなみに、本山の木々が明治期に大きく成長することになった原因は、その山が明治のはじめに国有林となったから。管理が大変厳しくなり、地元の村の人々が勝手に木を切りにくくなったためと考えられますね。

時代によって、京都の植生は大きく違っていたりするんですか?

かつては京都周辺の山に生えている樹高の高い木のほとんどが松でした。また、山仕事が盛んだったために、山はよく手入れされ、すっきりとしたところがほとんどでした。しかし、現在は松が松枯れで少なくなり、ほかの種類の樹木が増えました。また、山の木々が密集して茂っているために、山に入りにくい状態のところが多くなっています。時代によって森林の状態は大きく違います。 日本は雨量が多くて全体的には暖かい。ほっといても草木が生えてきます。今はガスなどがあるけれど、昔はそういった燃料はありませんでした。お風呂を沸かすにも炊事をするにも薪や炭が必要で、膨大な量の木を利用していた。だから、かつての京都周辺には大きな木々は少なく、草木のないハゲ山さえも所々にあったんです。人々が使うエネルギーの種類が大きく変わったんですね。もともと僕は原子力発電の問題などを考えていたのですが、30年くらい前に京都の自然景観がどのように変わってきたのかを調べる機会があり、そこから植生史の研究をはじめました。エネルギーの問題とも関係があり、おもしろいテーマだなと思い、今に至っています。

これから、草木を見るのがもっとおもしろくなりそうです。授業でも、やはり植生についてのお話をしてるんですか?

植生は自然的要素はもちろん大きいのですが、一方で人間の影響が大きいものだということを授業でも話しています。たとえば農業との関連でいうと、人の排泄物や魚などを肥料として使うようになるまでは、農業の肥料といえば草や若い木々の枝を利用した肥料が中心でした。そのようなこともあり、かつての里山には草原的なところが広く見られました。また、かつては大きな飢饉もしばしばありましたが、そうした飢饉の発生も、植生と密接に関連する場合が多かったのではないかと思われます。肥料とする草木の不足によるものです。 このように、人々の暮らしを支え、文化を育んできた重要な存在である植生を見ていくことによって、日本の歴史もよりはっきりと見えてくるのではないかと思いますね。

ogura_02.jpg森林にて、小椋ワールドを展開中

EDITOR

山口 康介

山口 康介KOSUKE YAMAGUCHI

人文学部 3回生

「環境」と「日本文化」の両方の視点を持っている小椋さんは、近くにいるだけで癒されてしまうような独特のオーラを漂わせています。
きわめつけは、その物腰のやわらかさ!取材中、私みたいにおバカなインタビュアーに対しても丁寧に答えていただいている姿に勝手に感動するとともに、「本当にすごい人は、きっと腰が低いものなんだ」と心の中で納得していました。取材後、小椋さんに授業を教わったことがある知り合いに話を聞くと「小椋さんは、メッチャいい人!」とのご返答。やっぱりなぁ。

NEW ISSUE

BACK NUMBER