日本の大衆文化を知る
日本の古典が好きですね。文字を通して日本語の世界をかいま見ることができるという点がおもしろい。特に日本の歴史書『日本書紀』から漢字について考えています。「日本書紀」は7世紀までの日本の歴史や神話が書かれている漢文、つまり中国語で書かれたもの。ひらがながまだ生まれていなかった奈良時代の日本において、人々はどのように漢字を使っていたのか?中国人が使う漢字とはどんな違いがあったのか?ということに興味があるんです。
『日本書紀』は全30巻あって、巻によって日本人が書いているものと中国人が書いているものとにわかれているという説があります。たしかに、巻ごとの漢字の使い方を見ていくと、中国人が書いたといわれる箇所は、中国の古典をふまえ、整えられた文章。日本人が書いた巻は記録を書くような文章であり、間違った使い方も見られる。というふうに、それぞれに特徴があるんです。
すっかり台湾の魅力にとりつかれた是澤さん。
例えば「文法」です。
文字を考える時には、内容とともに文章の構造、つまり文法も見ていくんです。ところで「文法」というと、高校などで習う未然形、連用形...といった「学校文法」を思い浮かべると思いますが、それは数多い文法理論のうちのひとつ。実は多くの研究者がそれぞれに違った文法理論を考え続けているんです。それを初めて知った
時は驚きでしたね。また、奈良時代・鎌倉時代など、時代によっても文法は変わります。文法は数え切れないほどあり、その使い方は地域や人によっても違います。文字や文法の違いを見ていくことによって、ある書物の作者はどのような人物なのか?どのような権力を持っていたのか?それはいつの時代に書かれたものなのか?ということまでわかっていくんです。
学校の教科書に載っている古典は、つまらないものが多いなと思います。高校生たちは、とっつきにくく感じているのではないかな。でも、おもしろいものもたくさんあるんですよ。たとえば、室町時代の御伽草子(おとぎぞうし)。「一寸法師」という話があるけど、私たちの知っている話とは違って、お姫様をお嫁さんにするために、お姫様に意地悪な罠を仕掛けていくずるがしこいやつとして一寸法師は描かれているんです。特に江戸時代は滑稽なものを好んだ時代なので、助長されてどんどんひどい話になっていくんですよ。その後、明治時代からは道徳的な話に修正されていくという流れになるのですが。
古典は時代を超え、多くの人に読み継がれてきましたが、今の私たちが解釈する古典と、奈良時代や平安時代の人々が解釈した古典は、ずいぶん違うものになっています。それは時代背景や当時の政治的権力者の思惑により、話の内容がどんどん変わっていったからなんです。
学生さんと一緒にスマイル
山口 康介KOSUKE YAMAGUCHI
人文学部 3回生
実は台湾で働いていたこともあり、台湾が大好きな国際派の是澤さん。その縁もあってゆくゆくは京都精華大学で始まる台湾での現地フィールドワークの担当もされるそうです。
しかし、台湾と日本との強い結びつきを多くの日本人が知らないことを残念に感じている是澤さんは、この機会に、実際に台湾を見て、台湾の魅力や過去にあった歴史を多くの学生に学んでほしいと言っていました。
また、是澤さんはこの「人文MAGAZINE」を学生にも研究テーマを探すための参考として読むようにすすめてくれているそう。私たちが書いたものを読んでくれている人がいるというのは、身の引き締まる思いです。