日本の大衆文化を知る
台湾の教育について研究しています。とくに「書房」という教育機関に重点を置いているのですが、「書房」とは日本でいう「寺子屋」に当たるものです。1895年に台湾へやってきた日本によって、廃止するという方策がとられました。台湾を統治するにあたって、台湾人を日本語で教育する必要があったんです。その結果、台湾人の就学率は日本と同じレベルに達するほど高くなっていくんです。 このとき疑問に思うのは、「台湾の子どもたちは、日本人から教育を受けるようになったが、台湾人の保護者たちはこの教育をどう思っていたのか?」、「保護者である彼らは、日本人が行う教育にどのようなものを要求したのか?」ということ。そういったテーマについても調べています。

主に教育学を担当していて、「教育と社会」という授業を半年間で行っています。前半では、西洋の思想家がどのように「教育と社会」を見ているかを紹介し、後半
は京都の教育の現状を知るため、京都学校歴史博物館を見学したり、ディスカッションを行ったりしています。また「原典講読」という英語で書かれた本を日本語に訳す授業も行っていて、エリック・カールの絵本や、外国人向けの京都のガイドブック、料理の本、ギネスブックまで、学生と一緒に日本語に訳していくんです。
最近の学生は、一人で発表をするよりも他者とディスカッションすることが好きみたいですね。一方、レポートと発表を学生に選ばせる方式をとるのですが、レポートを書いてくる人が増えました。進んで発表する人が少なくなりました。 短大時代は、活発でおもしろい子が多くいました。4年制大学になった当初は、さらに活気があり、盛り上がっていたんです。最近は、おとなしい学生も増えました。昔がよくて今が悪いというのではなく、今は授業に集中するまじめな学生が増えたんです。こんなふうに、学生の変化はよく見えますよ。京都精華大学は規模が小さいこともあって、学生の顔が近くで見られる。そんなところが私は好きです。
卒論の指導をしている先生。忙しくても笑いを絶やしません。
中田 健朗KENROU NAKATA
人文学部 3回生
呉先生とは、二回生の時に「教育学」の授業でお話したときに、前通っていた高校の校長先生と知り合いだと聞いてから、よくお話をしたり、食事にも行くようになりました。
とても学生のことを思ってくれていて、卒業論文に関しては、よくゼミ生の相談に乗っている姿を目にします。その姿勢からか、研究室には、いつもといっていいほど学生がたまっています。
私のように、先生のゼミ生でない学生でも手厚く歓迎してくれるので、先生の事を知らない方も気軽に研究室を訪ねてみてはどうでしょうか?