映像作品上映会                
京都ドイツ文化センター 10月18日(土)、19日(日)、24日(金)、25日(土)、26日(日)

プログラム E

ラディカリティ/韜晦<京都ビエンナーレ企画>

マリーナ・グルジニッチ(京都ビエンナーレ2003 プログラム・ディレクター)選

■協力:京都ビエンナーレ2003 2003年10月4日?11月3日に「京都芸術センター」が行う「京都ビエンナーレ2003」のプログラム・ディレクター、マリーナ・グルジニッチ氏による映像作品選。同氏は現在リュブリアナにあるスロベニア科学芸術アカデミーの学術研究センター哲学研究所研究員であり、80年代から多くのビデオ・アート・プロジェクトを制作するほか、哲学者、メディア批評家として活躍を続けてきた。主な著作に『ステラーク:政治的義肢──身体の知(Stelarc: Political Prosthesis--Knowledge of the Body)』(マリーナ・グルジニッチ編、リュブリアナ、2002年)、『再構成されるフィクション(Fiction Re-Constructed)』(リュブリアナ、1994年)ほか多数。


 

1 これが民主主義の姿だ!

オリバー・レスラー 2002年 オーストリア 30.00 min Oliver Ressler (Austria) THIS IS WHAT DEMOCRACY LOOKS LIKE!, 30.00 min, 2002
*2002年インターナショナル メディアアート アワード(ZKM)受賞作 本作品は、2001年7月1日、ザルツブルグで行われた世界経済フォーラムに反対する、オーストリアにおける最初の反グローバル・デモを記録したものである。この世界経済フォーラム(大資本家たちが政治的働きかけを行うための私設機関)に対するデモでは、オーストリアの警察隊との激しい衝突が生じ、デモに参加した人々のうち919名が警察によって、ザルツブルグ市の広場に7時間以上も包囲され拘束された。ビデオはデモの模様を伝える映像と、6人のデモ参加者がザルツブルグでの出来事について後に語っている部分から成っている。この作品は事件を再び描き直すことで、マスメディアと一般大衆がどのように事実や関係や立場を変造し、曲解するかを示している。

 

 

 

2 東の家(The Eastern House)

マリーナ・グルジニッチ、アイナ・シュミッド 2003年 スロベニア 17.33min MARINA GRZINIC, AINA SMID(Slovenia),  VZHODNA HISA (The Eastern House) 17.33min,2003
「The Eastern house」は、映画史上重要ないくつかの名と場面--アントニオーニの(「欲望」)、コッポラ(「地獄の黙示録」)、ドン・シーゲル--を再読するビデオ作品である。それはまた、身体およびコンセプチュアルなハプニングを、東ヨーロッパの文脈で読み直そうとする。このビデオ作品は、Nesa Paripovic が1970年以来ベオグラードで行ってきた、ハプニングと身体的アクションへのオマージュでもある。テキストは、グローバルな資本主義およびサイバー世界の諸問題にかかわる理論領域への政治的介入であり、そこではサイバーフェミニズムの態度や立場への明確な参照がある。この点において、クローニングや混成的アイデンティティの問題と同様、電子化された世界におけるセックスと共感の問題が提起される。ビデオ作品中もっとも重要なポイントのひとつは、2003年のブッシュによるアメリカの対イラク戦争を再読する部分である。

 


3 ミルウォーキーII


ミリャナ・ルカヴィナ
1999年 スロベニア 5.42 min Mirjana Rukavina (Slovenia) MILWAUKEE II, 5.42 min, 1999
スロベニアのアーティスト、ミリャナ・ルカヴィナによるパフォーマンス。以前に行われた展覧会でのインスタレーションの際には、いくつものテレビモニタに、この映像をモノクロ化したものが映し出された。彼女の作品の起点は身体の機能不全の経験にある。矯正器具が身体に取付けられ、それらは身体の一部となり、彼女のパワーとイメージを再編成する。ビデオの中でパフォーマンスを行うリュカビナは、湾曲した背骨を矯正させる金属のよろいをつけている動きを余儀なくさせられており、大量の水が彼女の頭から降り注ぐ。

 

4 ビー・マイ・ゲスト

タニャ・オストイチ2001年 セルビア/ドイツ 15.58 min BE MY GUEST, Tanja Ostojic (Serbia/Germany) 15.58 min, 2001
タニア・オストイッチは、身体表現やweb上のプロジェクトを通して、ジェンダー、社会とのかかわり、コミュニケーションのあり方などを問う作品を制作してきた。本作はあるギャラリーで開催された展覧会「Be My Guest」の記録である。タニアは展示室内に台所や風呂など、家庭的でプライベートないくつかの場所を制作する。そして内覧会の夜にこの居心地のよいつくりものの空間 へ、展覧会のキュレーター二人を夕食に招待する。かれらは談笑し、夕食を食べ、裸で浴槽に寝そべり、シャンパンを飲む。

 

5 ブロークン・エッグ

ズヴォンカ・シムチッチ 2000年 スロベニア 1.00min Broken Egg , Zvonka Simcic(Slovenia)  1.00min,2000
ズヴォンカ・シムチックの作品を通じ、テーマとなっているのは、身体に規律を与えるテクニックであり、それによって身体は、純粋な快楽と社会的制限との間を往復する。体表を滑り落ちていく卵を撮ったこの作品の中では、肌はまるで究極のスクリーンとなる。彼女は、あらかじめ固定された性的役割の内部でたわむれている(にすぎない)ジェンダー・ポリティクスの破壊力を疑問視する。こんにちにおいて必要なのはジェンダーとセックスの同一性を多義的にする事である。この作品の素晴らしさは、極めて率直に自己窃視的なセックスの経験に一つの両義性を持込もうとしている点にある。

 

6 ロンの物語
 
ダビデ・グラッシ 2001年 スロベニア 4.20min RON'S STORY, Davide Grassi (Slovenia)  4.20 min, 2001
ダビデ・グラッシの映像作品は、こんにち身体がいかに危機に瀕した状態にあるかを問いかけ、表現の分野に潜む問題をあぶり出しながら、社会的な約束事を覆していく。この映像は、その過激なパフォーマンスと、またHIVキャリアとして知られるロスアンジェルスのパフォーマー、ロン・エイシーがスロベニアの首都リュブリアナで1996年と2001年に行ったパフォーマンスの内容を編集したものである。また、スロベニアの音楽家「Bast」による音楽は、目の回るようなエイシーのパフォーマンスの雰囲気を増幅させている。

 

7 人質:バハールのテープ

ヴァリド・ラード(アトラス・グループ)2001年 レバノン/アメリカ 16.41min HOSTAGE: THE BACHAR TAPES, Walid Raad(Lebanon/USA)16.41 min, 2001 *2002年
インターナショナル メディアアート アワード(ZKM)受賞作 「人質:バハールのテープ」は西側の人質事件を扱った、実験ドキュメンタリーである。作中の事件は1980年代と1990年代前半にレバノンで起きた、イスラム兵による、テリー・アンダーソンやテリー・ウェイトのようなアメリカ人男性の誘拐・拘留事件を参考にしている。このエピソードは直接的に、あるいは間接的に、レバノン人、アメリカ人、フランス人、イギリス人の政治的・一般的日常に潜在しており、米国における「イラン=コントラ問題」のような、いくつかの有名な政治的スキャンダルを引き起こすきっかけの一つとなった。

 


<return>