京都精華大学はこんな方を仲間として求めます

2019 年 7 月 24 日

京都精華大学はどんな大学か

京都精華大学の前身である京都精華短期大学は1968年に創立されました。
ベトナム反戦運動、世界中で高揚する学生運動、フラワー・ムーブメント、サブ・カルチャーの隆盛、フェミニズムやエコロジーからの問題提起…「自由」を希求する人びとの表現と行動がうねりのように世界をおおった1968年。イマニュエル・ウォーラーステイン(アメリカの社会学者。京都精華大学創立30周年記念事業で来日講演をおこなった)は、1968年に「世界システムにおける革命」が生じたと語っています。
京都精華大学もそのような時代の要請として誕生しました。
世界各地の自由と平等を求める運動と呼応しながら、既存の大学のあり方をラジカルに否定し、新しい大学のありかた、新しい社会のありかた、そして新しい人間のありかたを追求する、これまでかつてなかった実験的な教育の場の建設がおこなわれたのです。
そのスローガンが「自由自治」です。
「われわれの大学は新しい画布のように、一切の因襲的な過去から断絶している。そして教師も学生もすべて、まず人間として尊重され、自由と自治の精神の波うつ大学を、これから創造していこうとしているのである」と初代学長・岡本清一によって述べられた初年度入学案内の一節は、そのマニフェストといえるでしょう。
京都精華大学は「因襲的な過去」と訣別し、あたらしい理想的な大学創造のため、いろいろな面で実験的な取り組みを行ってきました。
まず、職員・教員・学生が人格的に対等な立場で大学社会の運営に参加できるよう諸制度を整えてきました。
また、マンガ、ポピュラーカルチャーなどの先進的な領域を学部として確立し、既存のアカデミズムの枠組みを超える教学内容を開拓してきています。
さらに、学生が世界レベルの感動に出会える場を設けるために、ダライ・ラマ14世、オノ・ヨーコ、ノーム・チョムスキ―などの世界的知性を招聘して講演会を行っています。
このように、時流におもねることなく、既成の価値観を常に問い直しながら、芸術と文化を通じて、あたらしい人類史の展開に対して責任を負い、日本と世界に尽くす人間の形成をめざしているのが、京都精華大学です。

京都精華大学の職員とはどのような存在か

初代学長・岡本清一は、「世間の因襲的な大学社会観すなわち教員が上位身分にあって、職員がその下位身分にあるのを当然のこととする大学身分社会観」を激しく批判し、「私どもは教員と職員とを、ともに同じように教育者として規定しました」(岡本清一「往復書簡・大学社会とその教育を改革するために」1978年)と述べています。職員も教員と同じく教育の任務を分担し、対等な立場で大学運営を担う、とする考えは当時としては画期的なもので「私どものような考え方をしている者を、みんな変なおかしな奴だというにちがいありません」(同前)とも記しています。
これは単なる夢想にとどまるものではなく、京都精華大学では制度として実現されています。
まず、京都精華大学は完全年齢給で、教職員には同じ給与表が適用され、職員でも教員でも同じ年齢であれば同じ給与です。
さらに、理事(学校法人京都精華大学の役員)と学長を全専任教職員の選挙で選出する京都精華大学にあって、職員は理事選挙のみならず、学長選挙においても選挙権と被選挙権を有しています。つまり、専任職員になるということは、将来の理事長、学長の候補者になるということでもあります。
したがって、京都精華大学の職員には、他大学の職員より高い能力、深い考察力、真摯な姿勢が求められます。具体的には、教学内容である芸術文化に関する知見、教育者としての愛情、社会動向をふまえた政策立案能力、組織の行政管理能力、そして何より、京都精華大学の理念の発展にかける情熱です。
「大学職員」を安定した楽な仕事であろうと考えている方は大きな誤解をされています。「大学職員」という職ならどこの大学でもかまわないという方には京都精華大学は向かないでしょう。少子化がすすむ社会のなかで大学は厳しい淘汰の時代に向かっています。経済的な価値だけが重視されがちな社会のなかで、芸術や文化を取り巻く環境はいっそう厳しくなっています。ここには安定も安楽も保証されていません。京都精華大学の理念と存在意義を理解したうえで、同じ理想を抱く仲間と協働することによろこびが感じられそうになければ、京都精華大学の職員はおすすめできません。

この混沌とした時代において、芸術文化の教育を通じて新たな時代を築こうとするビジョンを有する方の応募をぜひお待ちしています。
京都精華大学の自由自治の旗の下で、あたらしい大学創造に取り組もうではありませんか。

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