京都精華大学 環境社会学科 授業公開 「細川弘明の環境と文明 II」

第11回「原発と被曝労働」(ノート:竹内 一信)

◎被爆労働の典型的な例

  1. 原子力発電所の中心部での作業(放射性物質による被曝)
  2. パイロット・フライトアテンダント(宇宙線による被曝)

今回は,原子力発電所での被曝労働について考える。

◎放射能と放射線

放射能:放射線を出す物質(放射性物質,放射線源)
放射線:生物のDNAを壊すエネルギー,DNAを修復できないまま細胞が分裂するとガンや白血病になる。
【注】 放射線を出す能力あるいは現象そのものをさして「放射能」と言うこともある。

◎ いつ被曝するか

A. 定期検査
原子炉および周辺設備は,安全管理のために,13ヶ月に1度,検査を義務づけられている。その時に,炉内あるいは炉周辺で作業する人はどうしても被曝してしまう。
B. 事故
大小にかかわらず,事故や故障がおこれば,損害箇所の修理や漏れた放射能汚染水の処理をする必要があるが,その時に被曝してしまう。
  • A,Bとも,作業時には防護服とマスクを着用しているが,放射能を体内に入れる事を防ぐ事はできても,放射線そのものを防ぐ事はできない(中性子線やガンマ線は防護服を貫通してしまう)ので,被曝は必ず起こってしまう。
  • 事故はなくせば良いという議論になるが(本当になくせるかどうかはともかく),定期検査は安全上絶対になくすことができない。

◎ 誰が被曝するか

電力会社の正社員は,中央制御室などの安全な場所でしか働いていない。危険な原子炉内部の作業は,下請会社あるいは孫請(=下請の下請)あるいは曾孫請(孫請のさらに下請)会社の社員が検査している。末端の現場では,日雇い労働者が被曝労働を担当しているケースが多い。

◎ 被曝労働の中身

原子力発電所は,超近代的設備に見えるが,内部では人間が大量に被曝しながら,漏れた放射能汚染水(結露など)を雑巾で拭き取るといった前近代的労働によって支えられている。被曝労働なしに,原発は1日たりとも動かない。

◎ 被曝労働者の扱い

被曝労働者達は,自分の被曝量を知らされず(被曝手帳は電力会社が管理している),さらには,放射線の危険性すらも十分に知らされていない事が多い。また,下請/孫請/曾孫請会社の使用人である彼らには,中間業者の搾取(俗にいう「ピンはね」)により,危険度に見合った賃金が支払われていない。 このように日本の原子力発電所は,日本の経済がそうであるように,下請制度という国際的には「奴隷制度」とみなされているような制度によって支えられている。(このことは,日本が「奴隷制度撤廃条約」をいまだに批准しえないない要因ともなっている。)

許容量について

放射能には,ダイオキシン等の有害物質と同様に,いわゆる「許容量」というものがある。その本質について,考えてみる。

◎ 集団被曝量

放射線被曝(放射能から出る各種の放射線を浴びること)の危険性は,集団被曝量(単位:人・Sv にん・シーベルト)であらわす。例えば,「1万人・Sv」は,1万人がそれぞれ(1人あたり)1Svの放射線を浴びたことを意味するが,10万人が0.1Svずつ浴びた場合でも,あるいは100万人が0.01Svずつ浴びても,同じ集団被曝量(1万人×1Sv = 10万人×0.1Sv = 100万人×0.01Sv =10,000人・Sv)。被曝した集団からどれくらいの犠牲者(ガン死数)がでるかは,集団被曝量に比例する。 いくら一人あたりの被曝量が小さくても,被曝した人数(被爆者数)が大きければ集団被曝量は大きくなるので,リスク(社会全体の死者数)は変わらない。なぜなら放射線が作用するのは,人単位ではなく,遺伝子単位だから。(被曝した人数の遺伝数の総数のなかから,何本の遺伝子が破壊されるかによって,犠牲者の数が決まる。)

◎ 医学・疫学による集団被曝量のリスク評価(ガン死者数)

今,原発から出る放射能以外の要因(自然界に元から存在する放射能,ダイオキシンなどの有害化学物質,タバコ等)によってガン(白血病を含む)になる人は1万人中約3千人の確率で存在するが,これに加えて原発の放射能・放射線によって1万人・Svの集団被曝が追加されるとすれば,さらに約500人増えて1万人中3,500人の確率に上がってしまう。このガン死リスク評価は,広島・長崎の被爆者のデータから類推したものなので,科学者によって評価の数字はかなり異なる(被曝によるガン死増加数は,1万人Svあたり500人から3,000人以上まで評価の幅がある。)

◎ 集団被曝量の許容量

  • 集団被曝量の許容量は医学・疫学によるリスク評価によって決まるわけではなく,社会が<被曝によるガン死>をどこまで受け入れるかによって決まる。
  • つまり社会が,原子力発電所から与えられる恩恵と被曝によるガン死増加数とを天秤にかけて,社会的合意により許容量が決まる。
  • 集団被曝量の許容量は,政治や社会,あるいは法制度が変化すれば変動していく,という性格をはらむ。
  • さらに,比べるものが経済と生命なので,単純比較は不可能。どこまで許容するかの客観的基準を定める事は難しい。

許容量が,社会的合意により決められる例を,比較が簡単なレントゲンで見てみる。

●成人の胃ガン:レントゲン検査を400万人が受診すると,約5,000人の胃ガンを早期発見できる実績がある。一方で,このレントゲン(X線)被曝により,集団被曝量から推計して約180人がガン死することになる(白血病を含む)。

     ↓

5,000人の早期発見と180人の犠牲を比較したうえで社会が許容したから今も病院でレントゲン検査が行なわれている。

しかし,この180人というガン死増加数は,日本政府が採用しているリスク評価によるもので,最も厳しい学説をとれば6倍近い約1千人という数字になる。つまり5人を救うために1人を殺すという計算になる。この場合,はたして社会的合意が得られるかどうかは定かでない。

●子どもの結核:早期発見によって命を救われる人数よりも,X線照射時の被曝によるガン死者数のほうが上回るので,社会的合意が得られなくなってきている。他に検査法(喀痰検査など)があるので,結核検診のためにわざわざX線に被曝させる必要性は小さい。

集団被曝量の許容量を決定する際には,(1)まず,医学・疫学者がガン死リスク評価の正確さを測り,(2)それをふまえて,社会がそのリスクを受け入れるかどうかを決める,という二重構造が存在することを見逃してはいけない。また,ガン死までは行かないが,免疫力の低下・疲れやすくなる等の症状(いわゆる「原発ブラブラ病」など)に苦しむ人達のことも忘れてはいけない。

許容量に対する考え方は,文明を考えるうえでも,きわめて重要なポイントとなる。

◎ 文明について

文明は科学技術のみによって成立しない。社会が科学技術を受け入れることができて初めて文明は成り立つ。つまり,文明の成立において,社会的合意による許容・受容が重要な要素となる。

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竹内 一信; 2001-12-12; mail to us; Back to Index