アートとデザインの境目を気にしながら、真摯にクライアントと向かい合う。

グラフィックデザイナー
2014.12.26

アーティストと言われて、
デザイナーに向いていないのかも、と考えた大学時代。

君はアーティストやなあ、と藤原は京都精華大学に在学中、先生たちに言われ続けた。広告デザインが面白そうだと、デザイナーになりたくて入学したのに、そう言われたのは少しショックだった。「当時、歯科医院でアルバイトをしていたんですよ。で、将来はデザイナーになろうと思っているのに、アーティストやなあって言われてしまって」と当時を思い出して、藤原は言う。「だって、デザイナーには不向きだと言われているみたいでしょ?」と笑うのだ。そうか、デザイナーに向いていないのなら、歯科医院のバイトを続けながら、作品を作っていくことになるのかな、と漠然と考えていたのだという。

以来、藤原はずっとアートとデザインの境目ってなんなのだろう、と思い続けている。クライアントがいるかいないか、ということはあったにしても、作り手がいる以上、そこにはクリエイティブな衝動は少なからず必要になる。だとしたら、デザインのなかにもアーティストとしての資質は活かされるはずだと思う。そして、逆にアートの中にもそれを見てもらいたいというアピールがあるなら、個人的な衝動だけでつくりあげることができるわけではないとも思う。そんな思いを抱きながら、藤原は大学生活をできる限り楽しもうと努力した。

正解のある勉強から正解のない勉強へ。

藤原はとても真面目だ。だからこそ、高校までの「正解のある勉強」が不自由で仕方がなかったという。「小学生の時にテストがあったんです。で、テスト用紙の裏側に『この問題に対してのあなたの考えを書きなさい』とあったので、私なりの考えを書いたら、大きく×印をされて(笑)。あなたの考えと言いながら正解があって、私の答えはそこに沿った答えじゃなかったんでしょうね」と苦笑する。

そんな藤原にとって京都精華大学の自由さはまさに夢のようだった。グラフィックデザインもプロダクトデザインも、答えのない勉強は藤原をどんどん大きくふくらませてくれるような気がした。「時計のデザインをしなさいという課題がありました。そのとき、時間ってなんだろうと考えたんです。目に見えない時間を体現化する時計について深く広く考え続けた結果、正確な時間をはかるだけが時計ではないと思ったんです。時を感じさせるような時計があってもいい。そんなふうに考えることがおもしろくて楽しくて」と藤原はいま思いだしてもおかしいというふうに笑う。

アートとデザインはそんなにかわらないかも。
10年経った藤原は再び思っている。

在学中、大学にテレビ局の人がきてドキュメンタリー番組の講座が開かれたことがあった。それが自由を謳歌している藤原を刺激した。「ドキュメンタリー番組を2本ぐらい作ったと思います。ドキュメンタリーという紛れもないリアルが語る『メッセージの強さ』がおもしろい。そんなふうに当時は感じていました」と藤原。就職活動でも、そんなジャンルやメディアにこだわらない『ものづくり』が藤原を後押しした。

「クリエイティブな仕事に就こうと考えて、東京のテレビ局も受けてみました。メーカーや代理店にも行き、その流れのなかで日本デザインセンターを受けました」と当時を振り返る藤原。「最初は漠然とした気持ちでしたが、1次、2次と進んでいく中で永井一正さんや原研哉さんがいる会社でデザイナーとして仕事をしたいと強く思いました」と話す。そして、日本有数のデザイン会社で働き始めて約10年、藤原は大手自動車メーカーなどの数々の広告デザインを手がけてきた。一人のグラフィックデザイナーから全体を見るアートディレクターとなり、最近の藤原は後進の指導にもあたるようになった。そこで、また、学生時代に抱いていたあの思いがムクムクと頭をもたげ始めたのである。

「そうなんです。アートとデザインはかわらないのかも…。10年やってるとまたそんなふうに思えてきて。なのでいま少し現代アートを勉強中なんです」

しかし、藤原は現代アートの作家になろうと考えているわけではない。もしかしたら、クライアントからの要望で作品を仕上げていくデザインのほうが、いわゆるファインアートよりも純粋なのではないかという気持ちもある。ただ、やはり歴然とある線引きが気になってしかたがないのだ。このあたりが藤原の真面目で面白い一面かもしれない。

水晶からのぞいた自動車の見え方に、衝撃を受けた。

アートとデザインは同じじゃないのか。ジャンルわけなんて出来ないんじゃないのか。藤原がそう思ったきっかけは、ある自動車の広告写真を撮影している瞬間に訪れた。何人かのアーティストと一緒に写真を撮って広告にする、という企画だった。通常ならデザイナーである藤原がデザインしたラフをもとにカメラマンが写真を撮る。しかし、藤原には確信があった。アーティストにもアイデアを出してもらうことで、おもしろい化学反応が生まれるはずだ。そして、アーティストの一人である名和晃平とのコラボレーションで、その化学反応は顕著だった。名和は現代美術家としてガラスビーズやプリズムシートをつかった彫刻作品などで知られていた。撮影前に名和から「水晶を通して自動車を見たいんですよね」という提案があった。藤原はどんな結果になるのか、不安と期待を交錯させながら準備を進めた。

撮影当日、スタジオの中にクルマが置かれ、名和がたくさんの水晶をセッティングしていく。カメラマンも照明マンも名和の様子を見守るように、じっと動かない。藤原はそんなプロたちの動きを少し俯瞰しながら眺めている。


名和 晃平 「PixCell-iQ」

そろそろ準備ができたのか、と思った瞬間、照明マンがタングステンライトを点した。 照明としてのライティングではなく、作業場を照らすための明かりだ。おそらく、照明マンとしても何気なく点した明かりだったと思う。しかし、そのタングステンライトがすべてが決定した。反射が反射を重ねて、数多く並べられた水晶が生み出していたクルマが輝きだしたのである。

『アーティストとクルマのコラボレーションで生まれる、まだ誰も見たことのない世界』のビジュアル提案。藤原はそんな自分の期待が目の前で実現したことに感動したのだという。広告デザインのプロフェッショナルがアートのプロフェッショナルと共同作業することで起こる相乗効果。その瞬間に立ち会ったことで、藤原はアートの素晴らしさを再発見したのだった。

見たことのないビジュアルを追求していきたい、
と藤原は明日を見つめている。

藤原は今、ビジュアル(視覚伝達)という大きな括りの中で、「アート」と「デザイン」についてもっと考えてみたいと思っている。そのために彼女は現代アートを学ぼうとしている。それがどんな変化をもたらすのかはまだわからないが、藤原は可能性を感じているようだ。

そんな藤原にこれからの目標を聞いてみると、「仲間たちと、もっとおもしろい仕事を作っていきたいですね」と答えてくれた。「自分がまだ見たことのないような表現を作り出していく。その実現のために頑張りたいと思っています」という藤原。これから彼女がどんなデザインを生み出していくのか、おそらく一番楽しみにしているのは、彼女自身なのだろう。

藤原 奈緒(ふじわら なお)

1978年生まれ。奈良県出身。2002年ビジュアルコミュニケーションデザインコース卒業。在学中は、デザイン以外にもドキュメンタリー番組を制作するなど、幅広く活動する。卒業後は日本デザインセンターでグラフィックデザイナーとしてトヨタ自動車など、大手企業の広告デザインを担当。現在は、後進の指導にもあたる。