障がい者を助けたいのではなく、
一緒に楽しみたいと思っている。

NPO法人職員
2014.04.30

自然よりもきれいなものを、と考える人間て、なんだろう。

2年生の時だっただろうか。京都の山を登るというフィールドワークのような授業があった。鞍馬山などを登り、教員が草木の名前を教えてくれる。そこで阿部こずえは自然の美しさに魅せられた。そして同時に、「なんで人間は、自然よりもきれいなもんをつくろうとか、だいそれたことを考えるんやろ」と思ったという。「なんか、こんなこと考えること自体が若かったって感じですけどね」と阿部は当時を懐かしむ。
素直とも言えるし、少しひねくれているとも言える感覚だと思うのだが、これが阿部こずえという女性がもって生まれたバランス感覚なのかもしれない。
同じ頃、阿部はゼミを通じて、美術を専門的に習ったことのない人たちのアートに興味をもった。友人3人と学内で開催した『ひと もの そのあいだ』という展覧会でも障がいのある人のアートに注目。そこで紹介したのが障がいのある人々が集う『たんぽぽの家』の作品だった。
以降、阿部と『たんぽぽの家』の関係は密になり、学生時代からアルバイトを始め、現在でも週に4回、『たんぽぽの家』に通い、障がいのある人たちの表現活動を通じたイベントや展示を企画立案している。
同時に彼女は視覚障がいのある人々と一緒にアートを楽しむ団体『ミュージアム・アクセス・ビュー』を主宰。組織として70年代からの歴史をもち、幅広く認知されている『たんぽぽの家』とは違い、阿部自身が立ち上げたとても小さな集まりだ。しかし、すでに10年にわたって地道な活動を続け、阿部にとってとても重要な存在となっている。

「楽しませてあげる」なんて考えていたら続かなかった。

ここまで紹介すると、阿部が障がい者に対する理解があり、積極的にボランティアを行っている人物のように聞こえるかもしれない。だが、実際には少し違う。これは書き方が難しいのだが、阿部は障がいのある人々を助けたいと思って何かをしているのではない。障がい者がつくりだす表現やその個性を素直におもしろいと思えるからこそ、『たんぽぽの家』の仕事を続けることができるのである。また、視覚障がいのある人々と美術館に行き、一緒に絵を楽しむことがおもしろいと素直に思えるからこそ10年も団体を継続できたのである。
「楽しませてあげる、助けてあげるなんて考えていたら、ここまで続かなかったでしょうね。こっちが楽しいと思えるからこそ続くんだと思うんです」
そんなふうに笑って話せるのは「なぜ人は自然よりもきれいなものを生み出そうとするのか」という疑問をもったときから、阿部の姿勢が一貫しているからだろう。ひとつの芸術作品を眺め分析するよりも、芸術に関わろうとする人々を見つめていたい。そんな姿勢が、奉仕ではない活動を継続させる力となっている。

「解散してしまおうか」と、考えるゆとりが生まれた。

「よく嫌われるんですよ、私」
ふいに阿部が言う。「なんかね、『結局なにがしたいん?』とか言われて」と、弾けるように笑う。
それはそうだろう、と思う。放っておいてもボランティアが集まってきそうな団体にいて、時間を過ごしていながら、阿部がもっているものはボランティア精神ではない。阿部が欲しているのは、あくまでも他者の感性や表現を楽しむ自分であり、一緒にアートを楽しんでいる時に発せられる視覚障がい者の喜びの声なのである。
そして、最近、そのことを強く実感するようになってきた。だからこそ、10年も継続してきた『ミュージアム・アクセス・ビュー』を解散してもかまわないと思えるようになっているのだ。

形はまだはっきりしない。しかし、確かな予感がある。

『たんぽぽの家』という大きな団体の仕事をしているからこそ、自分自身の小さな団体の良さも弱さも充分に理解しているつもりだ。団体を大きくすることで、視覚障がい者と一緒に美術館を楽しむという想いが見えにくくなるなら意味がない。当初の願いを実現するためなら、『ミュージアム・アクセス・ビュー』が団体でなくてもかまわないのではないか、と阿部は感じている。例えば、それぞれの気持ちの中に『ミュージアム・アクセス・ビュー』という考え方があって、必要な時にだけ、情報を交換したり、美術館で会ったりしていれば、もしかしたら、大きな団体をつくるよりも強靱な存在感を発揮できるようになるのかもしれない。
形はまだはっきりしない。でも、予感のようなものが阿部のなかに芽吹き始めている。それは阿部がいつも本気で目の前の「人々」と真剣に向き合っている証拠なのだ。いつも本気で自分を楽しませたいと願っている証拠なのである。

阿部 こずえ (あべ こずえ)

1976年生まれ。京都府出身。2000年人文学部卒業。在学中から『たんぽぽの家』でアルバイトを始め、現在もイベントの企画立案などを担当。同時に、視覚障がいのある人たちとアートを楽しむ市民団体『ミュージアム・アクセス・ビュー』を主宰。