G03現代思想講座 
切断せよ、創造せよ。──創造の方法としての“流れ=切断”
フランス現代思想を代表する一冊、ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリの有名な共著『アンチ・オイディプス』における最重要テーゼは“流れは切断されることになしにはけっして流れない”というものです。これは、新たなものを産み出しながら前進していくようなクリエイティヴな流れというものが、連続的で滑らかなものではあり得ないということ、たえず切断や分岐を繰り返しながらぎくしゃくと流れていくものでしかあり得ないということを意味してもいます。例えば2人の人物のあいだでの次のようなやりとりはどうでしょう。A君の話をさえぎって(切断して)、B君が話し始める。「ごめん、ごめん。でも、君の話をきいていたら、いい考えが急に浮かんできちゃったんだ。」 A君にとってもB君とっても新たな何かは、こうして“切断”とともに創造されるわけです。しかしまた、流れ(A君とB君とによる対話の流れ)がクリエイティヴなものであるためには、その流れが“切断によって”流れなければならないということでもあるわけです。流れとは切断のことである(流れ=切断)、そして、対話とは“折衝”(相手の衝きをおのれの力として折り畳むこと)である——この例はそうしたことを簡潔に示しているのではないでしょうか。
クリエイティヴに生きるには、できるだけ多くの切断を人生のなかに取り込む必要があるのかも知れません。クリエイティヴだから切断があるというだけではなく、むしろ逆に、人は切断によってクリエイティヴになれるのかも知れないからです。例えば、引っ越しやそれによる環境の変化がそれ自体でぼくたちの創造力を触発するように……。あるいは、キュウリの漬け物を新たなやり方で切ることが、そっくりそのまま、そのキュウリから新たな美味しさを引き出すことに直結しているように(漬け物の美味しさは切断の仕方に応じて変化する)。今回の現代思想講座では、毎回、身体の幾つかの特定の部分(器官)を取り上げて、それらの部分がいかにして流れを切断し得るのか、すなわち、いかにしてクリエイティヴな器官になり得るのかということを考えてみたいと思います。つまり、ぼくたちの身体を構成する様々な器官を一つひとつ切断へと導いていくことで、最終的には身体全体をクリエイティヴな器官の寄せ集め(動的編成)に作り替えるということを試みてみたいと思います。
| 講師 | 廣瀬 純 (龍谷大学講師) |
| 定員 | 25名 |
| 受講料 | 6,000円 |
| 日程 | 全3回 土曜日 13:30〜15:30
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| 会場 |
shin-bi(学外施設) 〒600-8411 京都市下京区烏丸通四条下ル水銀屋町620 COCON烏丸3F *地下鉄烏丸線「四条烏丸西」直結 |
- 内容は一部変更される場合があります。
- 全ての回の11:00〜13:00に講座に関連した映像資料を鑑賞します(自主参加)。
- 最終回の後に講師との懇親会を予定しています。
講師プロフィール
廣瀬 純 HIROSE Jun
1971年、東京生まれ。1997年、早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了(芸術学)。1999年、パリ第3大学映画視聴覚研究科DEA課程修了。現在、龍谷大学経営学部専任講師、仏・映画批評誌「Vertigo」編集委員。著書に『美味しい料理の哲学』(河出書房新社、2005年)、『闘争の最小回路——南米の政治空間に学ぶ変革のレッスン』(人文書院、2006年)、『闘争のアサンブレア』(月曜社、2009年、コレクティボ・シトゥアシオネスとの共著)、『シネキャピタル』(洛北出版、2009年)など。訳書にパオロ・ヴィルノ『マルチチュードの文法』 (月曜社、2004年)、トニ・ネグリ『芸術とマルチチュード』(月曜社、2007年、共訳)/『未来派左翼——グローバル民主主義の可能性をさぐる(上・下)』(日本放送出版協会[NHKブックス]、2008年)、など。
