―ビルマ(注1)の現在おかれている状況をどうとらえるか。

「誰にとっても興味深い時期だ。同時に厳しい時期でもある。皆さんも御存知の通り、私達は8月21日迄に国会を開会するよう要求している。私達は8年間とても忍耐強く待ってきた。国民もまた彼等の意志が実行されることを8年間忍耐強く待ってきた。今こそ、政府が何をするつもりか、また国民や民主主義運動に対してどのような誠意を示すかを観察する時期だ。政府はこれまで常にビルマの民主化を望むと公言しつづけてきた」

―軍事政権(注2)は早い時期にNLD(注3)と対話の機会を持つと思うか。
「私達は遅かれ早かれ対話すべきだと主張してきた。もちろん、早い時期に越したことはない。国会開催についてお互い話し合うことは賢明な事だ。私は今が一番良い時期だと考えている」

―ビルマ人の生活状態をどう思うか。
「不幸だ。御存知のように、経済的状況や教育制度はとても悪く厚生は貧しい。他に何があるだろうか?人々は貧しい生活を送り、子供たちは正しく教育を受けておらず、また適切に健康管理がなされていない。変革がない限り、将来はとても暗いものになりそうだ。だからビルマ市民は変革を望んでいる。望んでいると言うよりも、切望し、祈願しているだろう」

―政権とNLDの対話は、ビルマ市民の生活向上に役立つだろうか。
「対話は大多数の市民にとって有益な解決法を見つける方法である、というのが私達の見解だ。全ての人々に有益な万能の解決法はないが、対話は前進するための方法や、長年にわたる諸問題から抜け出す方法を見つける手段になるだろう」

―国際社会は対話への道を加速させるのに役立つか。
「国際社会がそのような意志を持っているのなら、有力だろう。なぜなら人間が一人で生きていけないのと同様、国も孤立しては成り立たないからだ。国際社会に対話への道を加速させる意志があれば、対話の実現に向けて大きな役割を果たすことができるだろう」

―NLDが明確な代替案を持っていないのではないかとの意見を持つ外国政府関係者もいるが、それについてはどう考えるか。
「代替案について明確に話せない理由が2つある。第一に、私達は多大な嫌がらせや迫害を受けている政党であり、ことがらを不用意に明確にすると、人々を問題に巻き込むことが多いからだ。第二の理由は、私達の代替案が新たな考えや提案に対して、オ−プンであり柔軟なものであることである。私達が柔軟でなければ対話を要求してはいない。私達は独自の計画を持っている。それについて現政権、SPDC(注4)と議論したいのだ。非暴力の方法、つまり対話と議論を通じて私達の計画、希望を実行したいのだ。それゆえ私達の計画やスケジュ−ルは柔軟なのだ」

―軍事体制や外資企業(注5)の中には、対話が行われ国会が開催されると、自らの地位が危うくなるのではと心配する向きがある。それについてはどう考えるか。
「私達は繰り返し、この対話が敗者や勝者を生み出す討論ではないと主張している。この対話は双方にとって、対話に参加する双方を含む全ての人々にとって、有益なものとなる。私達は誰かを罰しようとは考えていない、誰かを窮地に陥れるつもりもない。私達の希望は、できるだけ多くの人々が参加する国民和解の達成だ。模索したいのは参加者全てが勝者となる回答、方法だ」

―最近の状況の中であなたが危険にさらされているのではとの危惧がある。自宅前での攻撃やラング−ン市外に出ようとした際に車を包囲された(注6)のがその例だ。あなたの個人的な安全についての状況はどうか。
「詳細には語れないが、私は他のビルマの人と同じような状態下におかれている。独裁体制下では法が作用しない。誰も安全ではない。だから法の支配のない国にいる人々と同様安全ではないとしか言えない。過去10年間は最も危険な時期だった」

―あなたとNLDが軍部に対して、国内でいたずらに騒ぎをおこしているのではないかとの批判があるが、どう考えるか。
「私達は如何なる挑発もしていない。NLDにとってではなく、ビルマの人々にとって何が妥当かを問いかけているだけだ。国会開催の要求は1990年に表明された国民意志の確認を要求するのと同じ意味だ。だから私達は何がビルマの人々にとって妥当かを問いかけているのだ。私達が8年間辛抱強く待ってきた事実の前で、そのようなことが挑発や対立として見なされるべきではない。8年は本当に長い時間だった。もし国会開催が国内の不安定を誘発すると考え,恐れる人々がいるならば、私達にその不安を話してくれればよいのだ。そうすれば国会開催が国の安全を脅かすものでないことを含め、相互理解を進めることなるだろう」

―NLDはこの数週間で何を準備するつもりか。
「私達の意思を詳細に説明することはでない。しかし、国民への公約である民主化を進めるための、また国民のためになすべき全ての準備はできているとだけは言える」

―過去数年の間に、日本政府からの援助やビジネス上の投資というような、ビルマ経済への事実上の資金援助が見られる。このような行為はビルマ市民を助けることになるだろうか。
「現在の状況下で、ビルマに対する投資はビルマ市民を援助していることにはならない。日本がビルマに対して好意を持ち接しているのは理解するが、日本政府がビルマを援助する時、彼らはビルマ政府ではなくビルマ国民のことを考えなくてはならない、ということを重ねて申し上げたい」

―ビルマ市内を戦車が走っているわけではなく、人々は楽しそうな表情で、目に見える暴力を見た事がない、と日本報道陣がコメントしている。このコメントについてのあなたの感想は。
「彼等は、街で狙撃される人を見たいのだろうか。無責任な態度だ。彼等が考えるべきことは、街中で目にすることではなく、目にしないことだ。例えば、服役中の政治犯や、毎日私達が受ける嫌がらせだ。毎日のように人々が拘束された話や逮捕された話を耳にする。昨夜誰が逮捕されたかを聞かなければならない生活は尋常ではない。街に戦車が走っていないことは、この国に問題がないことを意味しない。街に戦車の走る国は世界にいくつあるだろう。しかし、多くの国で人々の基本的権利が尊重されていないのだ」

―日本の開発援助や投資がどのように人々を助けると思うか。どんな環境下で日本からの投資がビルマ国民の助けとなるか。
「投資や援助は、国民に対して責任感や信頼性のある政府が存在するときに有効なのだ。真に国民を代表する政府が存在するときに有益なのだ」

―日本人や日本政府がビルマ国民を助けるためにできる最も大切なことは何か。
「現在NLDは国会開催を要求している。1990年の選挙結果が実行される事を要求しているのだ。日本や日本政府がビルマ国民のためにできることは、国会開催が民主化への第一歩であるとことを理解し、それを支持することだ。民主化が達成されるまで、日本がビルマを助ける方法はない」

―日本はビルマの経済を援助できると思うか。
「自国に経済的問題を抱えている国が、ビルマのような貧しい経済を援助することはできない。日本が自国に問題を抱えている事を私は知っている」

注1) ビルマ   back
1989年6月軍事政権は、英語での国名称のユニオン・オブ・バーマ(Union of Burma)からユニオン・オブ・ミャンマー(Myanmar)への変更を届けた。アウンサンスーチーはこれを認めず、「ビルマ」という呼称を使用するよう呼びかけている。欧米では多くのメディアが「ビルマ」の呼称を用いている。

(注2)  軍事政権   back
1962年3月ネ・ウィンが軍事ク−デタ−を決行して以来、軍部が政権を掌握し ている。

(注3) NLD   back
1998年 9月アウンサンスーチー、アウン・ジ−、ティン・ウ−が中心となり結成した政党「国民民主連盟」National League for Democracyの略。

(注4) SPDC   back
タンシュエ上級大将が議長をつとめる国家平和発展協議会(SPDC)が現在政権 中枢を握っている。

(注5) 外資企業   back
軍事政権による民主勢力弾圧に制裁を加えるため、多くの国はビルマへの経済 援助、投資を控えている。例外的に日本政府は大規模の無償援助を行い、日本企業は投資を行っている。軍事政権を延命させるものであるとの批判も強い。

(注6) ラング−ン市外に出ようとした際に車を包囲された   back
1998年 6月ラング−ン市外への移動を軍事政権に阻止されたのを皮切りに、1998 年8月までに数度にわたり同様の移動阻止に行き当たる。アウンサンスーチーは移動を阻止された地点で抗議の意思を表明するために数日にわたる車内籠城を行った。