−チベットは、環境を保護する法律を制定した最初の国であると聞いている。あなたは環境問題にも多くの提言をされている。京都精華大学が設置を計画している環境社会学科にも助言がいただければ。
「とてもすばらしい。 環境問題は私にとっても実は新しい問題だ。かつてチベットでは仏教の慈悲の考えから、野生動物を厳格に保護してきた。それは無意識的な環境にとっての貢献だった。チベットは日本よりもはるかに広大な国土をもち、それでいて人口は少なく、人々の生活様式はとても質素で、生活のための資源は充分だった。またチベットは他国から隔絶していたので、採掘や森林の伐採からも自由だった。空気も清浄で、水も汚染されておらず、どこでも心配せずに飲むことができた。
 我々はインドに来て以来、環境の専門家に会う機会が多くあり、問題の重要性に気がついた。汚染の問題は暴力や流血とは性質が異なる。暴力は即座に我々の心を打ち砕く。しかし、環境や生態系へのダメージはあまり気づかれずに、徐々に進行する。破壊が目に付くようになったら、その時はおそらくもう手遅れだ。たとえばオゾン層の破壊などのために、気候全体が変化することもある。大災害だ。一部の地域ではすでにこのことが現実の問題だ。それゆえ環境保全を心掛けることは極めて重要だ。
 個々人がこの問題を明確に認識し、自然に対する思いやりを持つ。そのことで自然を大切にすることが毎日の生活の一部となる。それがあるべき姿だ。その点で、環境に関しての教育を行うことは、本当に必要不可欠だ。多くの場合私たちは遠い先に起きる事柄については解らない。これは例えば経済といった要因と深く関係している。インドや他の発展途上の国々では、その経済状況のために森林伐採を行い、環境にとても有害な結果を生んでいる。しかし、そこに住む人々にとっては、他に生活の糧を得る手段がない。人々は生き残らなければならない。これが現在ヒマラヤの山々で起きている環境破壊の原因だ。人口は増え、同時に生活の糧を得る方法は乏しい。生活は困難を極めている。人口政策、家族計画もとても重要になってくる。経済成長は永遠には続かない。人口が増え、死亡者が少なくなることは歓迎すべきとてもよいことだ。しかし最終的にはそれが必ず収拾のつかない大問題を引き起こす」

− 京都精華大学の30周年へのメッセージを
「あなた方の理念と計画を伺い、環境問題への取り組みなど人間性の向上に対する重要な貢献への熱意を感じうれしく思う。それは素晴らしいことだ。これらすべては建設的な仕事の第一歩だ。壮大なことをする必要はない。それは時として大きすぎ、失敗の前触れとなる。おそらく、最初は小さな規模から始め、他へ良い模範を示し、そうすることでより多くの人々が引き付けられ、集まってくるだろう。そこに協力が生まれるのだ。あなた方の活動の成功を祈願する。良い動機、良い協力を与えること、それが大切なのだ。ありがとう」

−本当にありがとう。