我らのなかのレディー・フリーダム

我らのなかのレディー・フリーダム
リタ・ダウヴ

下げるな 目を
まっすぐまえを見つめるさきは
君が向かっているはずのところへ

つぶやくな しまった
もうけっこう
職につけ あっちへ行け
くたばっちまえと

古めかしいサンダル
鉛のスカートをなん枚も
すすけた頬と頬ひげ がらくたの装身具をごてごてと
彼女は我らのなかに立ちあらわれ ぶっきらぼうの非難

髪の毛をおさめたうえには安物の帽子
それを羽根と星とでこぎれいに飾り
一方の肩にかけ まとうのは
にじ色の慈愛を幾層も そしてつぶやく
あんたたちみんな ひとりのこらず

わたるな 交差点の向こう側へ
考えるな 観光客にぴったりの つぎのアイテムなど

思ってもみよ 彼女の まなざしを 光るひたいを
街にふたたび慈愛をもたらした彼女
そして 共同墓地へお行儀よく引きさがりはしない

その身に引受けたのは この街の 分厚い皮膚
砂ぼこりまみれの排気筒 あぶるような かすむ太陽
雨風にさらされた一張羅におさまる彼女
骨太で 断固たる

考えるな 無視できるなんて
むだなことさ
彼女はてこでも動かない

ただ彼女の居場所を認めるしかない
彼女に空のかんむりを
彼女は多くのうちの一人
我われの一人ひとりなのだから

LADY FREEDOM AMONG US
Rita Dove

don't lower your eyes
or stare straight ahead to where
you think you ought to be going

don't mutter oh no
not another one
get a job fly a kite
go bury a bone

with her oldfashioned sandals
with her leaden skirts
with her stained cheeks and whiskers and heaped up trinkets
she has risen among us in blunt reproach

she has fitted her hair under a hand-me-down cap
and spruced it up with feathers and stars
slung over one shoulder she bears
the rainbowed layers of charity and murmurs
all of you even the least of you

don't cross to the other side of the square
don't think another item to fit on a tourist's agenda

consider her drenched gaze her shining brow
she who has brought mercy back into the streets
and will not retire politely to the potter's field

having assumed the thick skin of this town
its gritted exhaust its sunscorch and blear
she rests in her weathered plumage
bigboned resolute

don't think you can ever forget her
don't even try
she's not going to budge

no choice but to grant her space
crown her with sky
for she is one of the many
and she is each of us

我らのなかのレディー・フリーダム
~民主主義と自由を取り戻すための教訓
リチャード・タンター(京都精華大学 人文学部教員)

「我らのなかのレディー・フリーダム」という詩に、リタ・ダウヴはアメリカ議会の建物のてっぺんにある「自由」の像について書いている。ダウヴは、1993年いささか不承不承のアメリカ合衆国桂冠詩人として、その巨大な彫像の修復を記念する詩を書くようたのまれた。それは典型的な19世紀のヨーロッパ風のイメージで、自由を女性の姿にたくした像であった。

ずっと胸のわるくなるようなワシントンの物理的な空気のみならず、その道徳的な空気に、一世紀のあいださらされた結果をその「自由」像に見たダウヴは、ショッピング・バッグをさげて街頭に暮らすバッグ・レディーをイメージしたのだ。それは、グローバル時代の下層階級の一典型であり、我われの大多数が目をそむける。「しまった、もうけっこう、職につけ、あっちへ行け、くたばっちまえ」と。しかしダウヴのレディー・フリーダムは「我われのなかに立ちあらわれ ぶっきらぼうの非難」をする、「にじ色の慈愛を幾層も」身にまとい、「あなたたちみんな、ひとりのこらず」とつぶやくのだ。

「この街の分厚い皮膚、砂ぼこりまみれの排気筒、あぶるような、かすんだ太陽」を我が身に引受けながら、レディー・フリーダムは頑固に立ちつづけ、名もない貧者の「共同墓地へとお行儀よく引き下がりはしない」。「考えるな 無視できるなんて、むだなことだ、彼女はてこでも動かない」。ダウヴは、我われには「ただ彼女の居場所を認めるしかない、彼女に空のかんむりを、彼女は多くのうちの一人、我われの一人ひとりなのだから」と主張する。

ワシントンにおける自由について書くのは、ダウヴにとってたいへんな危険をおかしてのことだった。あのヤヌスの顔をした国、マーティン・ルーサー・キングが「世界の暴力の最大の調達者」といった国の首都ワシントンである。東チモール、チベット、ビルマの人びとの体験した暴力は冷戦の産物であったが、冷戦後は大国同士がすすんで、それぞれの帝国の内部問題をしかるべくかたづける権利を、たがいにおおむね認めあった結果の産物でもある。大国とはこの場合、アメリカ合衆国、中国、日本のことである。

自由への呼びかけが、帝国の心臓部にさえ、存在しつづけるのを認めよというダウヴの要求は、今日自由と民主主義が直面する困難について考える手がかりになる。ダウヴにつづいて、チベット、ビルマ、東チモールの人びとが直面する驚愕すべき抑圧について語るダライ・ラマ、アウンサンスーチー、そしてホセ・ラモス=ホルタに耳を傾けると、ただちに私たちの胸をうつのは、弾圧された人びとのなかにある希望の驚くべき快活さであり、これらの国の?そして他の多くの国の?人びとの、希望をすてよと迫るものに抵抗し、自由は実現可能なものだという思想を生かしつづけてきた精神の烈しさである。

自由と民主主義の批判はあくことなくつづく?なくなるわけがない、権力をもつ少数者にとって沈黙する多数者はこれほど大きな利益なのだから。しかし最近、自由と民主主義の批判は普通以上にうるさくなっている。東アジア、東南アジアの多くの国家指導者たちは「自由」と「人権」を、まちがった普遍主義の産物、ヨーロッパ中心主義の植民地主義的思考の遺物にすぎないときめつけた。ポスト・コロニアルの時代には、自分がその正統で責任ある指導者である土地の文化が、ヨーロッパの歴史に起源をもつ民主主義思想の限界と空念仏をこえる新しい政治の理想をつくりだすのだと、彼らは主張する。というわけで、シンガポールのリー・クワン・ユーの「儒教の道」、マレーシアからはマハティールの「 ルック・イースト」、フィジーのシタビニ・ランブカの「パセフィック・ウエイ」、インドネシアではスハルトの「浮遊する大衆」概念(すなわち、人民には政治的役割はない)がある。そしてこの地域一帯に、日本、中国、インドネシア、ビルマ、マレーシア、シンガポールで、これらの政治家の吐き出す空気は当然ながら、秩序と調和の維持という言葉に枠どられた政治公式を形成していくように見受けられる。

このことが我田引水の偽善であることは、チベット、東チモール、ビルマでの抵抗運動を見ればまったく明らかである。恐るべき抑圧に向かいあいながら撥ねかえす、これら三つの抵抗運動は、人びとの実に多くが自由という理念に、日々の暮らしにしっかりと根ざすと同時に普遍的と認められるものとして考えられる自由という理念を固く守っていることを示してきた。

民主主義は自由のすべてではないが、しかしそれはまちがいなく基本的な必要条件である。自由は、その諸相で、我われと他者との関係に存在する可能性の問題である。あるいは、そこに認められ存在する可能性と、あるいはもっとアクチュアルに、過去の世代に人びとがそれを求めて戦った可能性と、いうのがいいかもしれない。法の下の「人権」はどれも、権力のあるものの利害にたいする烈しい闘争の結果成立したのであって、そうでないものを考えることは実際不可能といっていい。私たちの現存の制度、つまり議会と大統領、国会と首相、憲法と裁判所の理解するような「民主主義」に厳しい制約があることを認めてもなお、私たちは投票権を獲得したのでさえどれほど最近のことであったかを忘れてはならない。1946年以前には日本の女性は投票することができなかった。1965年以前には、アボリジニー系オーストラリア人は実質的に市民権がなかった。1964年の公民権法案以前には、数百万のアフリカ系アメリカ人には実質的に投票権がなかった。そして、これほど開明的な時代に生きているのだとぬか喜びしないよう、我われは憶えておかなければならない。多くの先進資本主義国では1980年代、90年代に、ストライキ権や損害賠償のために企業を告訴する権利といった領域での市民の権利が、「国家的経済利益」の名のもとにますます後退しているのだ。自由人の国アメリカ、いっさいの皮肉抜きに、ある程度の手続き上の民主主義をかくも驚くべき水準で達成した国アメリカでは、投票にいく価値があるといっても国民の大半はとうてい説得することができない。日本は、手続き上の民主主義への憲法上の保証はずっと制限されているが、そこでも事情は同様である。

もし、レディー・フリーダムの目をあけてみよというダウヴの挑戦をうけて立とうというなら、その挑戦が並大抵のものでないことを私たちは理解しなければならない。他の多くの恐ろしい事例にならんで、東チモール、ビルマ、チベットの例が明らかにするのは、自由と民主主義のレトリックと、国家的理由raisond'etatに人間の尊厳が従属する現実とが、どれほどかけ離れているかである。国家的理由こそ、ロシアの無政府主義思想家バクーニンが正しくも、もっとも恐るべき政治用語と呼んだものだ。とはいえ、ありとあらゆるおぞましさにもかかわらず、これらの事例には少なくともなにがしかの希望がある。

弾圧の存在するこれらの国からの呼びかけと同様さしせまっているものがある。ダウヴの挑戦は、このグローバル化する世界にあって、ずっと深い底流となる。それは、民主主義と自由を再・発明する、あるいはそういいたければ、再・想像する挑戦なのだ。粗削りないいかたをすれば、重要な挑戦は三つになる。

第1の挑戦は、ヨーロッパと北アメリカで2世紀ほどまえに発生したリベラル・デモクラシーのまさに本質に根ざしている。国家権力による規制の諸システムは、第2の権力システム?おおむね規制されることのない市場アクターの権力?とぎこちなく併存している。大半の人びとの生活を形づくる決定の多くは国会で行われるのではなく、巨大私企業の会議室で行われる。町、いや大きな市ですら、会社が投資をするか引きあげるかの決定の結果、繁栄することもあれば死んでしまうこともある。会社は、その所有者にたいして責任があるのみで、市民への責任はない。そして、先進経済社会における生産的富の有意な所有権は、人口のうちごくわずかなパーセンテージの者に制限されている。国家の恣意的な権力を制限することには実質的な前進が少なからずあったにもかかわらず、この二重権力システムのまえに、リベラル・デモクラシー社会は無力である。私的経済権力の規制、これが民主主義者にとっての第1の挑戦である。

第2の挑戦は、経済政治権力のもっとも有意な形態が有するトランスナショナルな性格がますます強まっているが、それと200年まえの政治理論に基づいた民主主義国家のナショナルな性格との劇的な不一致からでてくる。トランスナショナル企業は、グローバルに資本と労働を配置し、また市場操作を計画するが、その影響を受ける国の市民への関心を求められることも、市民と相談することもない。「カジノ資本主義」の世界では、かつては想像することもできなかった量の資本が24時間営業の電子的グローバル資本市場によって世界中を移動する。圧倒的量の資本がひとつの国に数日間移動するのは、投機利益を獲得するためだ? 市民への影響をコントロールする能力は、その国の政府にはわずかにも残されていない。国際通貨基金や世界貿易機構のような政府間組織は、即かつ直接に万人のための経済的可能性の枠組みを決定するが、それらの組織の構成は民主主義的な市民からのコントロールはいうにおよばず、アクセスも受けいれるそぶりさえ見せない。民主主義者にとっての第2の挑戦とは、グローバル・デモクラシーの諸制度を創りだすことである。もし世界の人びとが、権力を民主的に規制する新しい制度を想像することができなければ、世界の強者は彼ら自身のもっと強圧的なグローバル政府を創りだすことになるだろう。

第3の挑戦は、レディー・フリーダムのつぶやきに、そしてダライ・ラマ、ホセ・ラモス=ホルタ、アウンサンスーチーの呼びかけに、私たちを引きもどす。国の自由をめざす運動を代表する彼らは、世界の市民としての私たちすべてに訴えている。私たちはミャンマーの市民でも、中国の市民でも、東チモールの市民でもないかもしれないし、これらの国の人びとの暮しを経験しているわけでもなく、その宗教的あるいは文化的な経験ということではほとんどなにも共有するところがないかもしれない。それでも、彼らの言葉に、彼らの考えには、生きるための責任を共有するという立場がある。それは、生存のための基本権があるということを、ともに理解していることなのだ。

グローバル市民を実質的に語れるところには私たちはまだ立ちいたっていないし、会社企業による、あるいは全体主義的なグローバル政府の秩序から疎外されるという恐怖も、大いにあるかもしれない。しかし、他国で弾圧されている人びとの基本的な市民的権利、政治的権利を支持する、劇的ではないし時にはまどろっこしい実際的政治活動には、まちがいなくその共通の立場が存在し、私たちがそれを認めていることが、国の歴史や文化は共にしていなくとも道徳的政治的共同体へと向かう最初の動きの証拠なのだ。

政治は、闘争と想像力、駈けまわりながらの発明を意味する。これらのインタヴューが私たちに想起させること、それは、我われには「ただ彼女の居場所を認めるしかない、彼女に空のかんむりを」である。

Lady Freedom Amoung Us
Lessons in the Retrieval of Democracy and Freedom

Richard Tanter(Kyoto Seika University Faculty of Humanities) In her poem, "Lady Freedom Among Us", Rita Dove writes about the statue of "Freedom" that sits atop the US Congress building. In 1993, as a somewhat reluctant Poet Laureate of the United States, Dove was asked to write a poem commemorating the restoration of the huge sculpture, which, in a typical nineteenth century European image, renders freedom as a woman.

Looking at the effects on the statue of a century's exposure to the more vile aspects of Washington's physical and moral atmosphere, Dove imagines the figure of Lady Freedom as a bag lady, a representative of the global underclass to be met by most of us with eyes averted: "oh no, not another one, get a job, fly a kite, go bury a bone". But Dove's Lady Freedom "has risen among us in blunt reproach", bearing "the rainbowed layers of charity", and murmuring "all of you, even the least of you".

Assuming "the thick skin of this town, its gritted exhaust, its sunscorch and blear", Lady Freedom, obstinately "will not retire politely to the potter's field", the grave for the nameless poor. "Don't think you can ever forget her, don't even try, she's not going to budge." We have, Dove argues, "no choice but to grant her space, crown her with sky, for she is one of the many, and she is each of us".

Dove took a great risk to write about freedom in Washington - the capital of that Janus-faced country that Martin Luther King Jr. referred to as "the greatest purveyor of violence in the world". The violence endured by the people's of East Timor Tibet and Myanmar was the product of the Cold War, and beyond that the willingness of the great powers in these cases the United States, China and Japan - by and large to allow each other the right to organize the internal affairs of their empires as they saw fit.

Dove's demand for recognition of the persistence of freedom's call, even in the heart of empire, helps us to think about the difficulties faced by freedom and democracy today. Listening, after Dove, to the Dalai Lama, Aung San Suu Kyi, and Jose Ramos-Horta, speaking of the appalling repression faced by the peoples of Tibet, Myanmar, and East Timor, what strikes one immediately is extraordinary resilience of hope amongst the oppressed, the fierceness with which the peoples of those countries - and many others - have resisted the demand that they abandon hope, and have kept alive the thought that freedom is a realizable possibility.

Critics of freedom and democracy are never tired - why should they be, when the benefits of a silenced majority for the powerful few are so great? But recently, they have been more noisy than usual. Leaders of many East and Southeast states have labelled "democracy" and "human rights" the products of a false universalism, the relics of Eurocentric colonialist thinking. In a postcolonial age, they argue, the indigenous cultures of which they are the authentic and responsible leaders will generate new political ideals that transcend the limitations and cant of democratic thought that had its origins in European history. Hence Lee Kuan Yew's "Confucian Way" in Singapore, Mahathir's "Look East" from Malaysia, Sitavini Rambuka's "Pacific Way" in Fiji, Soeharto's "floating mass" concept in Indonesia (i.e. no political role for the people). And throughout the region, in Japan, China, Indonesia, Burma, Malaysia, and Singapore, the air the politicians breathe seems to naturally give rise to political formulations framed in terms of the maintenance of order and harmony - order in a form that they in particular find agreeable, and a sense of harmony apparent only to them.

And as the movements for resistance in Tibet, East Timor and Myanmar make perfectly clear, this is self-serving hypocrisy. Through their resilience in the face of terrible repression all three resistance movements have demonstrated the adherence of very large numbers of people in these countries to an idea of freedom which is at the same time as firmly rooted in their daily lives and thought as it is universally recognizable.

Democracy is not the totality of freedom, but it is certainly its elementary pre-requisite. Freedom, in its various aspects, is a matter of the possibilities that exist in our relations with others. Or we might say, the possibilities that are allowed to exist, or more accurately still, the possibilities that have been fought for by other people in generations past. It is virtually impossible to think of a single "human right" under law that was not established as the result of fierce struggle against powerful interests. Even granting the severe limitations of "democracy" as understood by our present institutions of congresses and presidents, parliaments and prime ministers, constitutions and courts, we need to remember how recent is the achievement of even the right to vote. Before 1946 women in Japan could not vote. Before 1965 Aboriginal Australians had virtually no civil rights. Before the U.S. Civil Rights Act of 1964, millions of African Americans had no practical right to vote. And lest we congratulate ourselves for living in such an enlightened age, we should remember that in many advanced capitalist countries in the 1980s and 1990s the established rights of citizens in areas such as the right to strike and the right to sue corporations for damages has been progressively rolled back in the "national economic interest". In America, the home of the free, a country with, all irony apart, an extraordinary level of achievement in establishing a certain level of processual democracy, most of the population cannot be persuaded it is worth their while to vote. In Japan, with a far more limited constitutional commitment to processual democracy, the story is the same.

If we try to meet the challenge Dove offers, of looking Lady Freedom with eyes open, then we have to realize that the challenge is a profound one. The examples of East Timor, Myanmar and Tibet, amongst many appalling possible examples, make clear the gap between the rhetoric of freedom and democracy that is the staple of public life, and the reality of the subordination of human dignity to raison d'etat - the phrase that the Russian anarchist thinker Kropotkin rightly called the most terrifying of political terms. Yet, for all their awfulness, there is at least some hope in each of these cases.

Urgent as are the calls from these oppressed countries, Dove's challenge runs deeper in this globalizing world. This is the challenge to re-invent, or if you like, re-vision democracy and freedom. Crudely put, the most important challenges are three-fold.

The first challenge is rooted in the very nature of the liberal democracies that originated in Europe and North America two centuries ago. These systems of regulation of state power sit uneasily beside a second system of power - the largely unregulated powers of actors in markets. The greater part of the decisions that shape the lives of most people are not made in parliaments, but in the board rooms of giant private corporations. Towns, even cities, may flourish or die as a consequence of the decisions of corporations to allocate or withdraw investment, but such corporations are responsible only to their owners, not to citizens. And meaningful ownership of productive wealth in advanced economies is limited to an infinitesimal percentage of the population. Liberal democracies, for all their substantial achievements in limiting the arbitrary power of the state, are almost by definition, powerless in the face of this double system of power. Regulation of private economic power, remains the first challenge for democrats.

The second challenge flows from the dramatic mismatch between the national character of democratic states based on 200 year-old political theory , and increasingly the transnational character of the most significant forms of economic and political power. Transnational corporations allocate capital and labour, and plan market control on a global basis, without any requirement of concern for or consultation with the citizens of the countries affected. In the world of "casino capitalism", 24 hour electronic global capital markets shift previously unimaginable volumes of capital around the world, overwhelmingly remaining in a given country for a matter of days, to reap the benefits of speculation - without the slightest ability of the national government concerned to control the impact on its citizens. And inter-governmental bodies such as the International Monetary Fund and the World Trade Organization immediately and directly determine the framework of economic possibilities for all, yet their governing bodies are structured to exclude even the pretence of democratic citizen access, let alone control. The second challenge for democrats is to invent institutions of global democracy. We can be sure that if the peoples of the world cannot imagine new systems of democratic regulation of power, the powerful of the world will produce their own even more oppressive versions of global government.

The third challenge brings us back to the murmurings of Lady Freedom, and to the appeals to the world from the Dalai Lama, Jose Ramos-Horta, and Aung San Suu Kyi. Representatives of movements for freedom of nations, they are appealing to all of us as citizens of the world. We may not be citizens of Myanmar, China or East Timor, and we may have no experience of the lives of the peoples of those countries, and we may share little by way of formal religious or cultural experience. And yet there is in their words and way of thinking an assumption of a shared responsibility for life, a shared understanding of basic rights of survival.

We cannot yet talk meaningfully of global citizenship, and there may be much to fear from alienated membership of a corporate or totalitarian version of "global government". Yet surely acknowledgement of that shared assumption in the undramatic and often tedious practical politics of support for basic civil and political rights of oppressed peoples in other lands is evidence of a first movement towards a moral and political community not defined by a shared national history or culture.

Politics is a matter of struggle and imagination, of invention on the run: these interviews remind us that we have "no choice but to grant her space, crown her with sky".

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