手塚治虫さんとカートゥーンコース
1973年、京都精華大学に世界で初の「マンガクラス」が設置された。そのころ手塚治虫さんはしばしば大学を訪れて、学生たちに話をして下さった。
その中でのこんな言葉が当カートゥーンコースの出発点にもなったと思う。
「マンガというものは最初、必ず誰かのマネから入りますね。どうしても自分の好きな作家のマネをしてしまうんです。でもそのマネを消していって、自分独自のスタイルを創るのに、何十年もかかってしまう訳です。そうしないとオリジナリティのある絵になりませんから、まことに廻りくどい道をたどることになります。でもこの大学のカリキュラムは、基本がデッサンとかクロッキーですね。しかも猛烈にやる訳です。 それを経験すればうまくいくと、四年間で自分のスタイルを発見することが出来ると思います。まことに効率的なカリキュラムですね。マンガをアートとして大学できちんと学べるみなさんは、本当に幸せだとボクは思います。」
こう語ったあと手塚さんは、「やがてボクが現役をやめたら必ず京都精華大学へ来て教えてみたいと思います。ヨシトミさん、本当に約束しますよ。」と熱っぽく話された。
しかし残念なことに、手塚さんは六十才という若さで不帰の人となってしまった。
今も私たちは、この手塚さんの言葉を励みとして、またこのカートゥーンコースの原点として、日夜ユーモアアートとしてのカートゥーン制作に取り組んでいるのである。