PANTA(ミュージシャン)
「歴史からとびだせ」(2001.04.26)

講演要旨
PANTAの詞と曲に込められた思いは何か?30年間に渡って叫び続けるロック・ミュー ジシャンが、熱くその思いを語りかける白熱の90分。
第1部の予定は生き方と作品の原点を語る講演と対談。
第2部は作品の背景を語りながらのソロ・ミニライブ。
PANTAのパフォーマンスを通じて、ロックというメディアが社会にどう対峙するかを 確認する。
プロフィール
PANTA (PANTA)
1950年埼玉県所沢市生まれ。69年「頭脳警察」結成。以後「PANTA & HAL」、ソロで活動。
日本語によるロックを標榜し、時に過激に社会状況を批判し、またロマンチックに私的情感を訴え続ける。
アルバム「マラッカ」はオイルロー ド、また「Kristall Nacht」はナチスによるユダヤ人迫害と、社会的・歴史的現実をテーマとした作品が多い。
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講演レポート
4月26日、PANTAさんが明窓館の教室で講演をした。PANTAさん自身、自分が大学の教室で生徒に向かって何かを話しているという状況がとても不思議だったようだ。
講演は、かつて1970年代にMothers of Invention というバンドのフランクザッパがアメリカの大学でロック講座を開いたエピソードから始まった。まさか自分がそのような立場になるとは思っていなかったのだろう。




 PANTAさんは’69年の暮れに「頭脳警察」というバンドを結成、’75年暮れまでの約6年間をそのバンドに費やしてきた。その後は様々なミュージシャンと共に活動、自身のソロアルバムも出すなど現在も精力的に活動をしている。PANTAさんといえば特にその歌詞のインパクトが大きく、時にはかなり直接的に政治・歴史・社会的な問題を批判する人。その姿勢もあって日本ではかなり有名なミュージシャンの一人だ。
 この講演は文字通り、話してその後ライブで演じるという2部構成になっていた。まずは第一部の講演の内容を追って行きたい。

 彼が最初に語りだしたのは、自分のアメリカに対する普通ではない思い入れと、それに伴う日本語への強烈なこだわりだった。彼が生まれたのは戦後間もない頃。アメリカのGHQ政策の下、明治維新のような勢いで流入してくるアメリカ文化に嫌悪感を抱いた。それは音楽文化に於いても言えることだった。しかも彼は父親の仕事の関係で埼玉県所沢市の米軍基地内で暮らしていた。しかしそれは逆に、彼がアメリカを嫌いになる原因の一つとなったようだ。父親はアメリカ軍の援助を仕事としていた。戦車や弾丸を輸送する仕事だった。つまり日本の敵とされる国を手伝っていたのだ。
 また、PANTAさんの母親はシンガポールいって従軍看護婦として働いていたらしい。そのときの、マングローブ林やUボート、マラッカ海峡での戦況の話も母親からしょっちゅう話されたようだ。彼にとって、戦争やアメリカは余りにも身近だった。戦争という、私たちの世代が経験できないものを背負った両親に育てられた彼だからこそ、それに対するメッセージを歌う使命があるのかもしれない。そしてそんな環境だったからこそ、戦後になってアメリカ文化を積極的に取り込む日本人の姿が理解できなかったのだろう。

 PANTAさんは徹底的に、日本語にこだわった。世間には英語を取り入れた歌詞をつけた音楽が蔓延るようになったが、彼は日本人に向けて英語で歌を歌う事になんの意味も見出さなかったのだ。彼は日本語で歌うことにこそ意味を見出していた。では、何を日本語で表現するのだろうか。
 PANTAさんが言うには、当時政治や社会問題に興味関心を示すのはとても普通な事だったらしい。頭脳警察の時から社会批判的な曲が多いからといって、別に自分が特別社会問題に興味関心を持つわけではないと語った。そうした、誰もが疑問を抱く社会の腐敗した部分をダイレクトに伝えるために、日本語という表現ツールを使うことは彼にとって余りにも常識的な事だったのだろう。

 「ロックミュージシャンは良い事をしてはいけない」なんていう彼だが、きっとあの教室で話を、歌を聴いていた誰もが彼を「悪い奴」だなんて思えなかっただろう。若い頃は衝動的で時に暴力的な音楽をやっていた彼だけど、今日その人となりを見て、歌を聴いて、すごく親近感が湧いた。そもそも「悪い奴」は大学で話などしないだろう。

 

 第2部として行われた弾き語りライブでは一つ一つ丁寧に思い入れやエピソードをまじえながら6曲が披露された。完全なカバーもあれば友人の歌あり、オリジナルあり、中にはヘルマン・ヘッセの詩を自分で付け足して曲に付けたなんていうものもあった。全体を通して感じた事は、彼は決して人のために歌ってはいないという事。一見それが世界全体に対するメッセージとして非常に示唆に富むものだとしても、彼はその歌をただ自分の分身として、自己表現のために、丁寧に歌っていた。ギター一本で何処までできるかという挑戦でもある彼の弾き語りは、確かに生半可な「ロックみたいなバンド」では到底かなわない迫力と渾身の力を持っていた。それがPANTAがPANTAであり続けてきた所以であろう。
 
 最後に、彼が歌った中の1曲「万物流転(パンタレイ)」の歌詞を一部紹介する。パンタレイとはギリシャ語で「万物流転」という意味だそうで、彼の名前のPANTAとは直接何も関係無いという。頭脳警察のころからよく歌っていた一曲で、「結局世の中全然変わんねえじゃねえか」という気持ちと、でも自分が一体何処まで本当に変わることを求めているのか解らないという矛盾を歌っている。歌う前に「今では少しずつ世の中も変わっていっていると思うから趣旨がちょっと違うけどね」と言った一言が忘れられない。それでも歌うのは、彼自身がこの歌を欲しているから、彼は自分の為に歌っているからだと思う。ぜひしっかりと聴いて欲しい。

ああ 転げ落ちていくよ 何処までも 何処までも
ああ 気づかないふりして 今夜だけ パンタレイ
ああ 何も変わらない それなのに それなのに
ああ 変わったふりしてる お前の為 ほらパンタレイ

 

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